第15話
晡時(十七時)を過ぎるころ。主郭に報告に向かった莉美は、凱泉に微妙な空気を醸し出され、楊梅には苦笑いを返された。
「その様子だと、初日から難航しているようだな」
「おっしゃる通りです」
生み出てしまった餓鬼と大乱闘になり両手で挟み込んで潰した結果、莉美はいつも通り真っ黒になった。
そのあともめげずに何度も描いたのだが、どれもこれも上機嫌で紙から生まれ出てしまったのだ。
「そんなに真っ黒になるなんて、いったい何を描いているのだ?」
これでも顔や袖など水で洗い流した上に拭き取ったのだが、まだあちこち黒いに違いない。莉美はため息を吐いた。
「餓鬼です。人に危害を加えないですから。それに、万が一逃げてしまっても、どこかでご飯をつまみ食いさえすればすぐに消え去ります」
「おとなしそうなものにしたら良いのではないか?」
「明日はそうしてみます」
とは言ったものの、なにを描けばいいのかさっぱり思いつかなくて首を傾げた。そんな様子を見て、楊梅はふふっと笑う。
「今夜はゆっくり休むといい。だが、いつ落ち着くのだろうな、お前の手は」
彼は近づいてくると、今度は真面目な顔で莉美の右手をひょいと持ち上げた。
美しい彼に触れられてときめかない女子はいないだろうが、しかし莉美は、胸のときめきではなく右手に妙な脈を生じて一瞬止まった。
「……どうした?」
莉美は「失礼します」というなり、自身の手を持っていた楊梅の左手を掴む。止めようと凱泉が近寄ったのを楊梅が視線で制した。
怪訝に思った凱泉は、楊梅の手に触れたまま止まっている莉美を覗き込む。莉美は真剣な面持ちのまま思案していた。
「てっきりわたしは、莉美殿が秋波を送っているのかと」
「彼女にそのような心配はいらなさそうだ」
二人の会話さえ耳に入らない様子で、莉美はじっと右手に集中していた。しばらくそうしていたのち手を離す。
「……なにか、わたしの手に気になることでもあったか?」
「触れた瞬間、妙な脈を感じたのですが……気のせいだったかもしれません」
あまりにも近くに楊梅がいたものだから、莉美はぎょっとして後ろに飛びのいた。そんな姿を見て楊梅は笑い、凱泉はほっとしていた。莉美は飛びのいた後も、その場でうんうん唸って考え込んでいた。
「鬼ごっこをして疲れたのだろう。あとでよく眠れる茶を届けさせよう」
その言葉を聞くなり、莉美は表情を明るくした。茶葉を楽しみに思いながら、明日は魚でも描いてみようと考えが浮かんだのだった。
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