第5話 人影の正体


 人影は腰に掛けていた刀を鞘から抜くと、先端を私に向ける。


「・・・離せ」


 そうして、低い声で言う。


「な、なんで・・・?」


 私は震える声で返す。


「・・・見れば判るだろう?祓うからだ」


 祓う、という言葉に、少し反応してしまう。


「祓うって・・・『祓い』は人間相手には利きませんよ・・・?」


「馬鹿か、貴様は。貴様が今抱えているその犬に決まっているだろう?」


 狙いはこの仔犬だったらしい。


 というより・・・


「この仔・・・死んでるの?」


「見れば判るだろう?霊としては異常な力の量、更には生気も感じられない。だからそもそも霊ですらない。得体のしれない何かだ。これを祓わずにどうする」


「そもそも、霊じゃない・・・」


 それならば・・・と思ってしまう。


 でも・・・


「やっぱり、ダメ!」


 すぐさま立ち上がり、人影に背を向けて駆け出す。


 何となくだが、逃げなくてはいけない気がした。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


「・・・結局、こうなるのか・・・」


 人影は呟くと、逃げる美玖の背中を指差し、


「・・・妖態解放・・・」


 続けて、


「・・・出てこい、八咫烏」


 直後、その周辺一帯に、烏が大量に出現した。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


 足元を、何かが高速で掠め、飛んで行った。


 さっきから何度もそれが起こっている。


 ただ走りにくいだけで特に害はないのだが、気になってしまう。


「早く安全な場所に・・・」


 その前に、誰かに助けを求めればよいことに気づき、ポケットに入っていたスマホを片手で操作し、双葉に電話をかける。


 しかし。


『おかけになった電話は、電波の入っていない所にあるか、電源が入っていないため、かかりません。ピーという電子音の後に、メッセージを続けてください』


 無情な音声が返ってきた。


「そう言えば、ここ、どこ・・・?」


 ずっと見知った住宅街を走っていると思っていたが、気づけば全く知らない場所に居た。


「・・・八咫烏は、『神々を導く烏』」


 路地から先程の人影が出てきて告げる。


「人1人を欺いて別の場所に連れてくることなど、容易いことだ」


 再び剣先を私に向ける。


「さぁ、そいつを寄越せ」


「い、嫌だよ!」


 今度は反対方向に逃げる。


 人影は暫くそれを見ていたが、やがてゆっくり動き出し、


「四の五の言わずに、ほら」


 一瞬の間に美玖の正面に入った。


 私は人影にぶつかるギリギリで止まった。


 そして、ギリギリまで近づけたことで、人影の正体が判ってしまった。


「原井君・・・?」


 人影は、幽だった。

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