第400話 竜騎士(ドラグーン)

さらに続く説明に聞き入っている俺、クルトンです。



「それで竜騎士で良いんだね。

・・・まあ、あのゲームは自由度が高かったからなぁ。

DPSに有利なクラスでもスキル構成次第では問題無くヒーラーのロールが熟せたくらいだし。

エンドコンテンツ攻略ガチ勢でもなければ、ストーリーをクリアするだけならクラスの違いはプレイヤーの個性程度の意味合いしかなかったし問題ないか」


その口ぶりだと選択するクラスによっては問題あるのかい?



「いや、俺もハッキリ分かっている訳じゃないけどクラスによっては精神に影響を及ぼすことも有る・・・そう思えるのも有ってね」


言ってる事が良く分からんね。


「さっき話した『死霊術師』なんかどう思う?お前みたいな前世の価値観を持っている人間に死霊と言う死体を使役できると思うかい。

SAN値がマッハで削られるよ。

それに殆どが死にスキルとは言ってもお前自体が上位個体に昇華するんだ、『死』への耐性が付いてもおかしくないだろう?」


死に難いって事か?


「そうか、それも有るか・・・生きていながら死霊に近づいて行く過程で、精神が侵される様に死への感情が鈍感になっていく・・・そんな感じがしないか?

そうなると大切な人が亡くなった時に、死霊術師になったお前は泣く事が出来るかね」


なるほど、死霊術師になるにはそれなりの精神耐性が必要になると、人でなくなるかもしれないと。

それがクラスチェンジの弊害になり得るかもしれないと。


「そうそう、俺の想像だけどあながち間違いじゃないと思うんだよね」


うん、言われてみるとそんな感じするな。

となると竜騎士についてはどう思う?


「竜騎士は尖った特性が無かったからな。お前の力がそのまま底上げされるんじゃないか?・・・いや、あれが有ったな。

竜化のスキル」


そう、それそれ。


「うーん、よく考えると全クラスの中で唯一の変身技能持ちと言っても良いのか。

一定時間とは言え人ではなく竜になるんだ、精神状態はどうなるんだろうね、『我を失う』とかだったらかなり不味いぞ。

狂戦士(バーサーカー)ですら一定のリミッターが有ったのに」


そもそも変身できんの?

質量保存の法則とかガン無視じゃね?


「今更だね、お前が作る自動調節機能付きの指輪の事も有る。出来ると思うよ、竜化」


はい、ならば『竜騎士』一択ですね、宜しくお願い致します。


「いいの?インビジブルウルフ(見えない狼)なのに。

今のお前なら狂戦士(バーサーカー)の方が良くない?」


それは言わない約束です。


「・・・約束してないけどな。

と、ここまでが定型文、様式美ってやつだっけか。

茶番はここまでとして竜騎士の件は承知した。じゃあそろそろ戻るよ」


ああ、また会えるか?


「緊急事態になったらな(笑)」



はは、なら”またな”。



”パチっ”

瞼の音が鳴るほどパッチリ目を覚ました。


上半身を起こし窓に目を向けると、部屋への日差しの入り具合から夕方に差し掛かった頃合だと分かる。


2時間位かな、ぐっすり寝ていたみたいだ。



その間のあのやり取り・・・リアルすぎるし覚醒時と同じ感覚で会話ができていたから夢ではない様に思う。


しかし・・・何か変わった感じはしないな。


取り合えず店の手伝いしてこよう、切羽詰まっている訳でもない。

考えるのは後にしよう。




作業場に入ると丁度パンを焼いている最中だった。

窯に入れられるのを待っている発酵済みのパン生地が棚に並んでいる。


「おう、もう良いのか。今日はゆっくり休んでて良いんだぞ」


ええ、ひと眠りしましたから。



そう言って水の魔法で手を洗浄すると、店に陳列する為に焼き上がったパンを盆にのせて持って行く。


部屋に漂っている焼き上がったパンの良い香りが俺の歩く後を付いて来るように舞って、盆に乗っているのはパンの形をした幸せなのではないかと錯覚してしまう程に旨そうに感じる。


そして何気に陳列棚を眺めていると、俺が初めて来た時よりマルケパン工房の商品(パン)の品質が上がっている事に改めて気付く。


しかも同じ時間で生産できる数量も増えている。


俺が改修した窯の性能アップも原因の一つではあるものの、これがほぼ毎日売り切れるんだから単純に売り上げも設備となる窯の稼働率もアップして、小麦の仕入れ値が上がっているとは言え利益は増しているはずだ。


このまま順調にいけば息子さんの暖簾分けも問題無いだろうから、美味しいパン屋がコルネンに増える事になる。



魔物の大討伐も終わり、今のところコルネン周辺の魔獣も一掃された様で広げた索敵に引っかかる個体も無い。


これは一時的な物だろうけど、それでも市井の生活から見たコルネンは安全面、景気も踏まえ現時点で発展を妨げる障害が取り除かれ、意図したわけでもないだろうに次のステップアップの為に市民の皆が同じ方向を向いて進んでいる。



ここが今以上に潤えば故郷の開拓村含め周辺の村を巻き込んで、今以上に発展の速度が増していく事だろう。


マンションの様な住居としての高層建築物がそもそも無い現状では、増えるであろう人口の受け皿としての役割も周辺の村が担う事になるだろうしね。


そしてコルネンは村を含む周辺集落や都市の王都へ向かう為の交通拠点、ハブの役割を果たし、今以上に国の重要な拠点となって行くんだろう。



そう考えると今の内にこの辺の不動産買っておいた方がいいんじゃねえか?

伯父さんに言ってみるか。



その後、クルトンの助言と資金援助を受け伯父のアイザックは店の近くの庭付きの空き家を購入した。


最初の数年は手入れをしながら税金を支払うだけの状態だったが、ある時期から「支店を構えたいから土地を含めて売ってほしい」と王都の大店、商人達からの申し出が殺到する事になる。


これに対しアイザックはクルトンと協議、スキルで要望に沿った店舗を新規に建設し販売するのではなく貸店舗とすることで恒久的な資金を得られるように設備と契約条件を整えた。


店舗を借りる商人も建屋の修繕維持費用は賃料に含まれるとの好条件に納得し、最初の契約者以降、空き店舗になる事の無い人気の物件となった。


アイザックはその後の生活費の心配がなくなった事で早期に長男に店を譲り、自分は新規商品の開発業務のみに没頭するようになる。


そのお陰で数々のヒット商品が生まれ、アイザックの名は王都にも知られる事となり最終的には国王への謁見を許されるまでになる。



謁見の為に夫婦で王都に招かれた際には商品のファンを自称する王城の侍女達から取り囲まれ、奥さんが機嫌を損ねて大変だったらしい。




後に『アンパンおじさん』と呼ばれる事になるアイザックの前日談である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る