第397話 続、肉の人

そうそうたるメンツ(スレイプニル)を引き連れ侯爵様の一団に到着した俺、クルトンです。



「スレイプニルだ!しかもこの数!!」

「あ、あの背に積んであるのは魔獣ではないのか!?」

「狼が・・・」


クウネルで上空から一部始終を見ていたフォネルさんが事前に伝えていたんだろう、ザワザワするものの特に大きな騒ぎにもならずに侯爵様の馬車まで到着した。



俺が到着するのに合わせ、馬車から降りてきた侯爵様の前に片膝をついて結果の報告をする。

「ただいま戻りました、ご覧の通りスレイプニルの捕獲に成功、同時に遭遇した魔獣1頭の討伐も無事完了しております。」


「うむ、大儀であった。

先にセリシャールから聞いてはいるが今回捕獲したスレイプニルは18頭で相違ないか?」


「はい、間違いございません」

ここに到着する前、事前確認の為に俺へセリシャール君が合流し、事の顛末は一通り話をしている。


それを持って侯爵様に先に報告しているから俺のここでの受け答えは簡素な問答で済んでいる。うん、段取り大事。


「魔獣の討伐も済んでいるとの事だが・・・、ではもう危険は無いのだな?」


「左様でございます」


侯爵様は魔獣の件も周りの人たちに周知させる為にわざわざ聞いてくる。

俺は答えるのに合わせて立ち上がりムーシカを近くに寄せ、背に積んでいる魔獣を侯爵様の御前に下した。



「かなりの大きさだな。

豹型の魔獣か・・・首以外の傷が無い、状態がすこぶる良い様だ。

この魔獣から採れる毛皮もかなりの価値になるだろう、インビジブルウルフ卿に処理は任せる。

この後の対応を頼むぞ」


そう言うと侯爵様は馬車の中に戻って行った。



「ふう」と一息つくとフォネルさんが寄って来て今日はここまでと告げて来る。

どうやら今日はここで野営をするみたい、なら早速準備を進めよう。



俺は魔獣の処理の為に土魔法で台座を作りそれを置く。

本当なら吊って捌きたいところだがそんな都合の良い木は無いので仕方がない。


「クルトンさん、こわーい」

「こわいー」


狩りの後の解体、その勉強の為にテホアとイニマも脇で見ている。

少なくとも俺が知っている地域の庶民は家畜に限らず野生動物を屠殺する事に忌諱感は薄い。


今日の美味しいおかずになるなら大歓迎、そんな感じだ。

食糧事情が割と安定してきたこの時代でもそれは変わらない。



そして俺は皮に傷を付けないように慎重に剥ぎ、適当な木の枝でその皮を広げ変な癖がつかないようにさらしておく。


骨や牙も含めそのほとんどが大事な資源になるので慎重に切り分け、内臓を切り分けアバラの肉もそぎ落としようやく処理が終わる。


野豚と違って骨が希少なミスリル(魔銀)に精製されるので枝肉状にできず、この時点で骨と肉を分けておかねばならないのでこんもり台座の上に肉が積み上がっている状態。


ここまでしなくても氷で寝かせながらコルネンまで持って行く事も考えたが、単純に荷物が増えるのが嫌だった。


なので侯爵様から「任せる」との言質を頂いたので、ここに居る全員でバーベキューを執り行う所存。


下拵えとして内蔵の半分は強めの酒に軽く浸し香辛料で臭みを和らげる。

残りは脳と肝を一緒に一度熱湯にくぐらせ灰汁を取り汁物に投入、これは皆に行き渡る様に汁物にした。

寸胴鍋持ってきた俺ナイス。


肉も3分の1ほどは同じように香辛料で揉み、残りは焼きながら塩、ハーブ塩などで味付けする。


一部鉄板を使っては少々厚めのステーキにしてみよう。

贅沢で食い応えのある満足する逸品になりそうだ。




1箇所で焼くには人数が多すぎるので転々とバーベキュー用の長方形の窯を土魔法で拵え、その中に俺の火魔法を投入する。


各々にステンレスで作った30cm程の串を渡し思い思いの肉をそれに刺して窯の火にかざし焼いてもらう。


窯の縁に串を乗せ、焼き鳥を焼くような感じで皆が肉を焼きだすと途端に旨そうな匂いが辺りを包む。


肉食獣が寄ってくる事を気にする行商人も居たが、「結界魔法で守られていますから大丈夫ですよ」と騎士さんが説明してくれた。


そう、野営の準備の時から展開している俺のハウジングが有るから全く問題無い。


肉が焼けるまでの時間、先に煮ていた豚汁ならぬ魔獣汁が出来上がりそれぞれ手持ちの碗、又はカップを持って来てもらって皆に配膳、そのスープを食べ始めた人から歓声が上がっている。


魔獣の内臓、脳以外はジャガイモ、ニンジン、玉ねぎに生姜やニンニク、香草を一緒に煮込み塩と胡椒、少々の酒で味を調えただけのものだが、相変わらず魔獣の旨味はそれだけで十分調味料に匹敵する味を出す。


これが毒ってんだから分からんもんだな、毒が利き難いこの世界の人類で有るからこそのご馳走だ。




そして暫く魔獣のスープに舌鼓を打っていると肉が焼け、今度はそれを食べた人たちからまた歓声が上がる。


侯爵様をはじめセリシャール君、シンシア、テホアとイニマ、騎士や商隊人達までも我先にとお代りに群がり、スレイプニルと大して変わらない位の大きさの魔獣から仕分けた肉は思いのほか直ぐに消費されてしまった。



「騎士でも早々魔獣の肉は食べれませんからね、一般人であればなおさらです。

これは本当のご馳走ですよ」

騎士の一人が俺に礼を言うのに合わせてそう言ってくる。




うん、良いじゃないか。

旨い物は皆で一緒に食べればさらに旨くなる。

そして仲間意識が強まり、今回の旅路の人間関係に起因するトラブルも少なくなるだろう。


良い事づくめじゃないか、多分。



このフォネル副隊長のスレイプニル発見から、魔獣を振舞った夜の食事までの一連の騒動がタリシニセリアン史録に記録されている。


これによるとミリケルス・カンダル侯爵の一団に帯同していた商隊、行商人にも討伐した魔獣を分け隔てなく振舞った事で息子のセリシャール・カンダルと同じく侯爵自身も『肉の人』と領民から呼ばれる様になったそうだ。


事実、先の大規模討伐訓練とその後も増えていった魔獣の討伐の際にはできる限り魔獣肉を一般市場に卸す様にしていた為、交易都市コルネンだけでなく自領近隣にも『肉の人』の名は広まって行った。



そして、魔獣肉を食す幸運を得ようとコルネンに訪れる人が増え、それを呼び水にますますカンダル領は発展していく事となる。

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