第396話 インフレする力
早速魔獣と対峙している俺、クルトンです。
猛スピードで一直線に俺に向かってくる魔獣。
ここでハウジングを展開すれば即終了なのだが、強いと噂の魔獣なのでひと当てしてみようと思う。
俺は右半身に構え魔獣が襲い掛かってくるタイミングを待つ。
待つ・・・が、止まりやがった。
人を優先して襲う為に俺から視線を外さないものの20m位だろうか、俺から離れた位置を右に左にフラフラして様子を伺っている。
豹の様なすらりとしたシルエットとは言え、普通にスレイプニル位の体高が有るからバケモノクラスの肉食獣、前世にこれ程の獣が居ればアフリカ象も絶滅していただろう、そんな雰囲気すら感じる。
しかしこのまま付き合うのも時間がもったいない。
取りあえず力量差を確認すべく俺はスキルで一気に魔獣の直ぐ横へ移動、そしてヘッドロックを掛ける。
”ガッ”
「ゴァァァアアア!!」
俺の腕が頭蓋骨をゴリゴリ締めあげているので、顎も上手く開けないみたい、
なので妙にくぐもった声で吠える魔獣。
当然四肢も強引に振るい、その爪は俺にも当たるが全く影響は無い、無傷だ。
服は破けるけど。
しかし・・・何だか聞いた話より豹型の魔獣の力が弱いような気がする。まあ、これは俺の力が以前より上がっていると仮定してもう少し力比べをしてみよう。
あれからヘッドロックをしたままグリングリンと頭を持っての超高速ジャイアントスイングをしばらく続けていると、有るタイミングで糸が切れたように魔獣の筋肉が弛緩した。
そのままの勢いで「でやッ!」・・・上空に放り投げて”ドスン”と地面に激突する音を聞く。
豹型なのに着地の体勢も取れない状態であればもう大丈夫そうではあったが、念の為ゆっくり近づきながら腰のナイフを抜き、俺の間合いに入ると一気に喉元に突き刺して掻っ捌く。
「ふー」ここまですればもう安心、完全に仕留めただろう。
さて、これから血抜きの魔法で処理をしてそれからは・・・むっちゃ見られている、スレイプニルに。
魔獣が側に居るので近づいては来ないが、見られているのを意識するだけで妙にソワソワする。
それを我慢して、群れの視線を一身に受けながら血抜きを含む処理を施し魔獣をムーシカの鞍に乗せて縛り付ける。
やっつけ仕事で縛ったものだから、魔獣の大きさも相まってだらりと下がる足が地面に付いてしまい、改めて足を縛り上げてようやく落ち着いた。
そして商隊に向かい歩き出そうとすると・・・なんとなく想像はしてはいたけど・・・スレイプニルの群れはムーシカを先頭に静かに俺に付いてきて、既に調教済みではないかと勘違いする程整然としている。
面倒無くて有難い事ではあるが、このまま戻るといきなり数が増えてしまった事で飼葉の準備含めて厩務員さん達の仕事が事故レベルに増加してしまうだろうな・・・すまん。
・・・と、まあこれが一連の経緯。
さてと、少し時間はかかったが準備は出来た、急いで商隊に戻ろう。
皆待っている事だろうからね。
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風切り音と地面の草の間を抜ける風の音がした後に馬車のドアがノックされた。
”コンコン、コンコン”
窓から顔を出すとフォネル副隊長が現状を報告してくる。
「侯爵様、ただいまインビジブルウルフ卿がスレイプニルの捕獲に成功、こちらに向かっております。
なお、群れを追っていたと思われる魔獣にも遭遇し、その討伐も合わせて完了しております」
「因みに捕獲したスレイプニルの数は?」
「正確に数えてはおりませんが15頭ほどにはなるかと」
「ん?、それだけの数をどうやって誘導しているのだ?確か馬追の狼達は連れて行っておらなんだが」
「事情は到着してから聞くしかないでしょう、私も正直良く分かっておりません」
「そうか・・・、とりあえず待つ事とするか」
不味いね。
ようやく自覚したが・・・なんだか私も感覚がマヒしている様だ。
魔獣の出現にスレイプニル(凡そ15頭?)の捕獲、本来ならここに残る騎士団員たち総出の仕事のはずなのだけどねぇ。
彼一人で済んでしまったか。
「父上、私もお手伝いに向かいましょう。事情も確認できるでしょうし」
ああ、そうしてもらえるか。出来るだけ詳しい事情が知りたい、特に魔獣の情報を頼むよ。
ふー・・・さて、今回の騒動は国王陛下案件になってしまうね。
スレイプニルを一気にこれだけ捕獲したとなると国防への貢献が計り知れない。
クルトン本人は気にして無さそうだけど、功績を上げる速度に褒章が追いつかないようでは陛下の権威に疑問を呈する不届き者が現われ・・・無いだろうけど嫌味の一言も言ってくる輩はいそうだ。
事が起これば対処しない訳にはいかないから仕方ないけど、彼一人だけで終息させてしまうのも問題だね。
分かっていた事だけど、駐屯騎士団への予算を増やして武装の充実を果たし、せめて彼が居なくても始末を付けれる様にしておかないと・・・いや、今までも彼無しでやって来ていたはずだな。
どうも我々はクルトンが居る事を疑う事なく、当たり前に受け入れ甘えていた様だ。
彼に及ばないところは多々あるが、先の大討伐訓練で騎士団の能力の底上げも出来たはずだ。
その事で従来以上にやれる事の自由度が増したのは間違いない。
これも彼がお膳立てしてくれた事で得られた力ではあるが、有効に活用させてもらおう。
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今回捕獲されたスレイプニルの子孫たちはムーシカ、ミーシカを含め将来にわたり国防の要として広く活用されていく。
このスレイプニルたちが順調に繁殖していった事でタリシニセリアン国は後にスレイプニルの唯一の産地として世界に名を馳せる事になる。
ただし強力な軍事力でもあったスレイプニルの輸出先は同盟国に限られた為、人類の軍事バランスが徐々に狂い始める切っ掛けにもなっていった。
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