第391話 空への憧れ

コルネンへの出発を明日に控え、やっと申請が通り後宮に伺っている俺、クルトンです。



本日はパジェに会いに来ました。

セリシャール君たちの婚約報告も有り、諸々の俺の手続きが重なったのと、そもそも後宮に入る事自体が厳しい審査を必要とするのでこの日にまでずれ込んでしまった。


こればっかりは自由騎士でも特例扱いされる事は無い。



認識阻害使えばなんて事は無いが、そんな前例を作ってしまったら信頼してもらっている王家の方々はじめ色々な所に迷惑をかける事は分かっていたので自重している。


いつもの警備の方達に通行証を渡し本人確認を無事終え入場する。

ほんの少し湿った、それでいて清潔感のある石鹸の匂いが微かに漂い温泉がちゃんと機能している事が想像できる。



今日はシフォンケーキを作って来た。

生クリームも冷やして持ってきたのでお茶を用意してもらって皆で頂こう。



「クルトンさん、これ美味しい、すっごく美味しい!!」

パジェも生クリームを添えたシフォンケーキを気に入ってくれた様だ。


狼のぬいぐるみ、俺がプレゼントしたかなりデカいそれを隣に置いて、それを気にしながらではあるがモッシャモッシャ食べ進め、今はお代りを切り分けてもらっている。


そしてパジェの食欲に合わせて少なくなっていくそれを見て、お付きの侍女さん達は悲しそうにしてる。



・・・そのバケットの底を開けてください。ええ、二重底になってますからもう一つ入っていまs・・・・。


部屋にいるお付きの侍女さん達4名が揃って両拳を天に掲げる。

そして声は出さずに雄叫びを上げているのが良く分かる。


あ、ナイフ持ちながらは危ないですからね、ええ、ええそう。

粗相が有ったらケーキ無しですからね。



そんな茶番の最中もパジェとのおしゃべりを楽しみながら未だ不明点の多い技能の話に水を向ける。

「お空の散歩は最近どうなの?」


「うん、とっても楽しい。そう言えばグリフォンに乗った騎士さんが一昨日もここの上を飛んでたの。

グリフォン飛んでるの最近よく見るんだぁ~、パジェも乗ってみたい」


デデリさんの事だろう。

本当にあの人忙しいもんな、割と良く王都とコルネン間を往復してたし。


「ねえねえ、クルトンさんはグリフォンに乗らないの?」


ああ、乗りたいんだけど乗せてくれるグリフォンに巡り合えていないんだ。

一度は乗ってみたいんだけどね・・・。




資金と素材に糸目をつけずにクラフトに製作をぶん投げれば、パラグライダー程度は直ぐ作れそうではある。


軸を回転させる付与術式は有るしトルクを稼ぐための機能も付与できる、高速回転させる為に某モビル〇ーツのマグネットコーティング真っ青の軸受けも作れるし諸々の強度問題を解消できる素材も実在している。


燃料も魔素から魔力に変換すればほぼ限界は無いし、上空になればなるほど薄くなると言われている魔素も過給機の様な装置を付ければ運用できる状態までかき集める事が出来るだろう。

確か過給機(ターボ)はレシプロエンジンに十分な空気(酸素)を取り込むために開発された航空機の技術だったはずだし。



ミスリル(魔銀)であればオリハルコンとまではいかなくても付与との相性は抜群だから結果的に鉄以上の性能を持たせることも可能。


しかも俺はそこいらの樹木、もしくは炭素を含む材料からカーボンファイバーを作り出す事も出来るから筐体の製作にも自由度が増す。



幾らかかるか分からないが『飛行』するだけなら可能だろう。

速度と重量が犠牲になるかもしれないが垂直離着陸機なら滑走路の問題も解決するし。


なるほど・・・資金次第だが作らない理由は無いな。


火器を収める為のウェポンベイが必要な訳でもない、今すぐ実用化はされなくても人間1人と多少の物資を積み込んで空を移動するオスプレイの様な機体は作れそうだ。


当然『安全に』空を飛ぶため機能、ノウハウなんてものは一朝一夕で得る事などできない。

墜落する事を念頭に俺が人柱になって運用しながら検証する事になるだろう。



それでも夢は広がる。

積載量は船に及ばず、手軽さでは馬車に及ばないものの、

空を飛ぶ事には非効率と理不尽を乗り越えた先、そこに有るロマンが俺たちを魅了する。


何年かかるか分からないけど取り掛かってみよう。



空を飛ぶための理論の確立から始まり高次元で求められる素材の強度、耐久性、温度耐性等々・・・。

本来なら膨大な資金と世代を超えた長い年月、研究、開発、検証、そして人的犠牲が伴うのだがそう言った過程を一足飛びに跳び越え、この20年後にティルトローター方式の垂直離着陸機が誕生する。


小型のオスプレイの様な風貌だったこの機体はあまりに画期的すぎたが故に封印され、有事の時以外の使用を制限された。


そもそもこの機体は試作機で、運用にはクルトンの膨大な魔力や身体能力に頼る機能も多く有った為にクルトン没後は動かせる者がおらず王家の宝物庫に死蔵される事となる。


物が物だけに保管にも新しい宝物庫の建設が必要になってしまい、

その建設に携わった人達からもたらされる垂直離着陸機の噂はあっという間に王都に広まった。

結果宝物庫は王立博物館に隣接するように建設場所を変更、あえて広く市井に開放するという選択肢を取った。




因みにこの垂直離着陸機はクルトンの子孫であれば動かす事が出来たが、面倒事に関わりたくないので皆黙っていたそうだ。


遠い未来、プロペラ機の一般実用化を祝う式典で来賓として出席していたインビジブルウルフ騎士爵家当主が漏らした話しである。



口は禍の元とは良く言った物で、お陰でその当主はクルトン謹製の『原初の垂直離着陸機』をオーバーホールするという事業を任され、最終的に国王陛下の御前で試験飛行を披露する事になってしまったのである。


そしてこの試験飛行により、

この時代の軍用機よりも遥かに高性能である事が判明してしまい、

再度封印されるという皮肉な結果になってしまった事が後日談としてタリシニセリアン史録に記録されている。

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