第390話 ひと時

今日は王城の資料室にお邪魔している俺、クルトンです。



あの後、打ち合わせが終わって2日後にはデデリさんはコルネンに戻って行った。


フォネルさんも昨日陛下の内謁を賜り、騎士団を代表してお褒めのお言葉を頂戴した。


相変わらずシンシアとセリシャール君は王都で貴族たちへの挨拶に奔走し今のペースだとあと二日はかかるだろうとの事。

少なくとも王都に居を構える貴族達には例外なく挨拶に回らないと後々面倒らしい。


仲が良くない貴族にも挨拶しないといけないから全く大変な事だと同情していたら

「ははは、逆ですよ。

今回は”あの”インビジブルウルフの義娘で凄腕の治癒魔法師が私の婚約者なのです。

彼らからは私が挨拶に来るだけで嫌味だと思われているでしょうね。

本当に気分が良いです!」

妬まれそうではあるが清々しい位に分かり易いな。




そんで俺はと言うと打ち合わせの翌日から資料室にお邪魔して付与術式についての資料を片っ端から確認している。


建前上は俺の技能と説明している力はゲーム準拠のスキルだ。

戦闘に特化している物だから治癒魔法にしてもクラフトにしても最終的には戦闘を補助、補完する為のツールでしかない。


なのでこの世界の日常にその機能を落とし込む作業はそれなりに大変で、スキルの柔軟性を期待して都度内包している情報を確認、活用してきた。


当然その知識、能力には穴が有りエラーを確認する度に実地での検証に始まりクラフトスキルであれば世界の補完機能に頼って来た経緯がある。


今までは仕事の忙しさにかまけて確認してこなかったこの世界の摂理、研究、検証、蓄積された先人たちの結晶を学びに来たと言う訳だ。


「(今更だけどべらぼうな数あるんだな・・・)」


方位磁石の機能を付与術式で再現したり、前世で言う所の面ファスナーの機能だったり、ニッチな所では付与対象を振動させるだけの付与ってのもあった。


これ発振機に使えるんじゃねえか?

クオーツ時計と同じ時間精度の時計が作れそうだぞ。

それでなくても安定して決まった周波数を発振する機能は色々使いどころが有るはず。


付与術式の発動タイミングをコントロールするのにも重宝するはずだ。


「(こんなのが有ったんだ・・・そりゃそうだよな、過去に天才自らが研鑽し発明した付与術式なんだから)」

クラフトスキルと言うある意味チートのゴリ押しで事態を収束してきた俺と違って、彼らは己の能力を磨き上げ、積み上げてきた実績と言う礎が有る。


正しくゼロから1を創造する作業を彼らは続けてきたんだ。


間違いなくここに有る知識は俺のこれからを大きく左右する事になるだろう。

「しょっちゅう来れる訳でもないからな」、ぼそりと呟いた俺は手元の資料を片っ端からスクリーンショットで記録していった。



装甲馬車のヒント、魔力遮断の機能を確認していたがそんな簡単に見つかる訳も無かった。


色々参考になる物は有ったから無駄ではなかったが・・・発想を変える必要が有るかもしれない。


魔力を乱し、無作為に発散させる技術は有った。

それこそ治癒魔法協会本部の建屋に施されていたからね、実物を確認したから間違いない。

それだけでかなり大掛かりで複雑な術式だが、レーザー加工機モドキの魔法を持つ俺からしたら米粒に詰め込む様な微細な刻印を施す事が出来るから術式の規模その物は問題視はしていない。



しかし付与術式で再現するのであれば魔力より気配遮断の方が原理的に難しそうなのに・・・『気配』なんてシックスセンスの様な『勘』と大して変わらないもんが対象なのに俺の認識阻害の下位互換であるがゆえにこちらは問題無く付与術式を製作出来た。


解せぬ。


因みにこの魔力遮断についてスキルの反応は無かった。

そもそも俺のスキルの守備範囲外の事なのか、意図して無言を貫いているのか、実は人類にとって魔獣は存在しなければならない摂理の一部として定着してしまい、そのバランスを犯す危険な技術と位置付けられているのか・・・それは考えすぎか。



何れにせよ時間が掛かりそうだ。


いっそのこと襲われる事前提で装甲の研究にでも取り掛かるか?

付与術式で爆発反応装甲を再現すれば、軽量で周囲の魔素が有る限り使用回数ほぼ無制限の装甲を作れるかもしれない。


うん、こっちの方が現実的かも。

並行して進めていった方が良さそうだ。




王城の資料室を後にし、今度は騎士団の事務所に向かっている。

明後日コルネンに出発するにあたって、護衛の打ち合わせをしようとのフォネルさんからお声が掛かったからだ。




”コンコン、コンコン”

ノックをするとすぐに中から返事が有り入室する。


「お、来たね。とりあえず座って」

テーブルを机代わりにして書類とにらめっこしていたフォネルさんが俺を向かいのソファーに促す。



「早速だけど復路の護衛の件。

往路と同じで隊列が大きくなるだろうから・・・ちょっとあれは大きすぎたけどね・・・クルトンは列の最後尾、殿しんがりを頼みたいんだ」


「何もないだろうけど、最大戦力が最後尾にいてくれると安心感が違うんだよね」


ここでの最後尾は一般商隊の最後尾の事。

道すがら十中八九集まり出すからね。


何なら俺たちの情報を掴んで出発時間を合わせる商隊が居ても驚かない。



カンダル侯爵様達を護衛する事が最優先の騎士たちでは手が回らない、なので片手間になってしまう仕事だが、何故か周知されている俺の『自由騎士』の肩書はそんなイレギュラーな仕事にも違和感を持たれず皆から受け入れられるんだろう。



さほど込み入った話は無く、基本通りの内容確認を行い終了すると雑談が始まる。


「故郷に帰るのはいつ頃?」



もうすでに戻りたいんですけどね。

家畜の買い付けも中途半端ですからコルネンに戻ったら1か月以内に、と言ったところでしょうか。



「そうかぁ、なんだかんだ言ってあっという間だったね」


色々ありすぎましたからね、コルネンも王都も人が多いのでそれに比例して起こる出来事も多かったんでしょう。



つまり故郷の開拓村ではもっと静かに暮らせるはずだ。

テホアとイニマの訓練が終わり、国内を巡るその時までは。




でも・・・一旦コルネンに戻る事にしたもののグレンツ辺境伯領へも早々に行かないといけない。

相変わらず忙しいのは続きそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る