第389話 「ふむ、まだ早かったか」

「兎にも角にも直前に行ったコルネンの大討伐訓練が役に立った。俺もあんな経験はした事無かったからな、本当に助かった」

デデリさんから改めて評価頂いている俺、クルトンです。



デデリさんの今までの経験でも最大7頭の群れとの戦闘だったそうで、当時偶発的な接触から始まったその戦闘は中隊レベル(100~120人)で行軍訓練している最中に向こうから寄って来たので人手もそれなりに居た。

それでも死傷者10人を超える損害を対価にようやく討伐する事が出来たそうだ。


「それを思えば今回の討伐戦のいかに幸運だった事か。

ギリギリの調整だったが、それなりの時間で出来うる最善の準備も整えられたし、俺で言えば直前に行った最大15頭同時討伐の経験も積んだうえで戦闘に臨む事が出来た」


「今回はグレンツ辺境伯の騎士団も最高の経験を積む事が出来たろう・・・しかも死亡者なしで」


そのまま続けてデデリさんが宰相閣下に話しかける。


「今回の2度の大規模討伐についてですがそれなりの人員を割いて検証し、教本に纏めるべきと思うのです。

規模の大小は有れど魔獣の巣については積極的に見つけ出し、こちらが先手を打って殲滅していかねばなりません。

それに対処する為の訓練は今後必須となるでしょう。」


「確かにな・・・正直訓練の方法をどうしたものか想像つかないが。

まあ、そのあたりも併せて専門家と騎士団合同で進めた方が良いだろうな」


そろそろ話も終わっただろうか。

余計な仕事を振られない様に発言を最小限に留めてきたが、そろそろ俺が居なくてもいい話題に移って来たんじゃね?


それから半年後に執り行う式典についての話に移っていき本当に俺必要ないんじゃね?そう言いかけた時に一区切りついた様で別の話題に切替わる。



「クルトン、お前は二十歳になったんだったな。

どうだ伴侶となる者はおらんのか?何なら王家が仲人になっても良いのだぞ」

いきなり宰相閣下がぶち込んできた。


何でそんな話に飛ぶのかと思ったら、この国でこういった式典では奥様達がいれば同伴するのが通例なんだそうだ。

結婚前でも婚約者が居ればその人が対象になる・・・と、言うか通常同伴するとの事。


大きな功績を上げる事が出来たのは本人だけでなく、夫を支えてきた妻の功績も大きいとの考え方からだ。

何より結婚している、その事自体が社会的信用の一つの目安にもなるこの世界、所帯を持つ事でようやく一人前と認める人も多い。


いっそ婚約者と同伴の上で出席できれば『インビジブルウルフ』の名をもっと広く喧伝できるから諸々の面倒事が減るらしい。


本当かね?



「お前に当てはまるかは何とも言えんがな。

表立った存在であれば、何か有れば隠し通す事が難しい事からの抑止力と言ったところだ。

根拠のない噂でも『英雄』への不敬な態度が広まってしまったら、相手方の信頼がガタ落ちになる」


あえて表沙汰にすることでそんな効果も有るのか。


「隠し通すより簡単だしな、まあ程度を間違えば自分にも被害が及ぶことになるからさじ加減を間違えてはならんが」



憧れはするし結婚はしたい。

温かい家庭を持つことは前世で一度経験した記憶が有るからこそとも言える、俺の今世の目標の一つでもある。


しかし前世での自分が二十歳の時どうだったかと思い返すと・・・やけに頼りない感じで、

それでも毎日一生懸命仕事を熟し、土日の休みでは趣味とは言えない位軽い散歩や読書、映画鑑賞に美味いと評判のラーメン屋に行ってみたり。


命の重みに思いを寄せる事もしない、当たり前だったけど今世から見れば生ぬるい世界のはずなのに一丁前に悩んでみたり。

そんな時期が有ってこその人生であったが、人の命を一生背負って生きて行く覚悟ができたのは子供が生まれてからだったような気がする。


巡り合いが良ければ拒みはしないが、今の自分に人の命を背負う覚悟ができるのかと問われれば答えに窮する。


消えそうな命を掬い上げる事に躊躇いためらいは無いが、寄り添い続ける事が出来るか・・・。



そう考えるとアスキアさんもセリシャール君も俺より遥かに成熟した大人なのかもしれない。




「ふむ、まだ早かったか。しかし決心が付いたら王家を頼っても構わんからな」

宰相閣下のその言葉でこの打ち合わせは終わり、執務室を後にすると今度は皆で騎士団訓練場に向かった。



「クルトン、魔力石だったか、それで拵えた障壁の発生装置はもっと作れない物なのか?」

俺含め総勢5名で移動している最中、デデリさんが聞いてきました。



試してみないと分かりませんが出来ると思います。

ただ魔力石その物の入手方法に目途が付いていないので代用品で作る事になるでしょうね、例えばチェルナー鋼とかで。


「ならそれで試してみようか・・・」とデデリさんが思案顔で立ち止まると、俺たちから遅れた事に気が付いて「スマンスマン」と小走りで追い付いてきた。



「そう言えばチェルナー鋼の特許料が入り出したんですよ。

何だか桁間違ってるんじゃないかって位恐ろしい金額になってるんですけど、どうしましょう?」

アスキアさん、そんな話俺に振らないでください。


基金を作る予定でしたでしょう?

その資金を運用、活用してより広範囲へ腕輪が行き渡る様に量産製造機でも購入して寄贈したらどうです?

今なら友好国のベルニイスにその製造機を寄贈しても良いと思いますけど。


「幾ら友好国に対してでも製造機の提供は早すぎないかい?」


時期は俺には判断できませんからいい塩梅で調整してください。

いずれにせよ我が国では製造機、チェルナー鋼の製造技術情報を秘匿しておけばいいと思いますよ。


それだけで腕輪製造のキモ、首根っこを押さえておけますし。



半導体製造のマスターマシン、純度の高い素材の量産技術を押さえていた日本みたいな感じで。

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