第388話 歴史の語り部

引き続きデデリさんからの報告に耳を傾けている俺、クルトンです。



「他の魔獣が寄って来た」

この一言で侍女さん含むこの場に居る皆の息が一瞬止まる。


さっき”満身創痍”って言ってたことも有り、一端緊張の糸が切れてしまった騎士団がその態勢を立て直して魔獣に備えるには時間が無さすぎだ。


ほんの数瞬だったのだろうが今まで正面と仮定していた戦場に対してその斜め後ろから静かに忍び寄って来ていた魔獣・・・キツネ型魔獣だったそう・・・が2頭、後方支援の騎士へ襲い掛かって来た。


正に絶体絶命、ここにきて戦死者が出てしまうのかとデデリさん他、魔獣に気付いた人たちが絶望した矢先、見えない壁にでも阻まれたかのように2頭の魔獣は騎士に到達する事なく弾き飛ばされ転がっていく。



デデリさんだけが何が起こったか理解できたそうで、直ぐに行動に移して魔獣に接近、両手持ちの大槌で2頭の頭部を強打、後追い出来た騎士達が剣で止めを刺して今度こそ討伐戦完了となった。



「しかし、そこで何が起こったんだ?」

皆が疑問に思った事を宰相閣下がデデリさんに問いかける。



「これを・・・念のために持って行ったんだが、あの時これを持ち出す判断をした俺を褒めてやりたい」


フォネルさんが自分の後ろに置いていたんだろう、デデリさんから言われて木箱を持ち出しテーブルに置く。

そして蓋を開けて中からその品物を取り出すと・・・、


「「「グリフォン!」」」

宰相閣下、フンボルト将軍、アスキアさんがハモる。


これは翼竜が落としてくる魔力石の被害から守る為に俺が拵えた置物。


コルネンの騎士団修練場に設置してもらっていたはずの物だ。



「被害を減らす為の武装、道具は何であっても欲しかった、幾らでもな。

しかし持ち運びできる都合良い物がそうそう有る訳でもない。

だがこれは結界を展開するようなものなのだろう?そうピンときてな、とりあえず持って行った。」



そう、デデリさんの言う通りこれは上部に防護壁を展開する装置、置物だ。

今は魔力の動きを止めている様で展開していないが、魔力を通して起動させると置物の上部へ、底面とは反対側に防護壁を展開する装置。


何でも後方支援の防壁代わりに起動させたまま放置していたそうな。

置物を傾けて防護壁の展開面を横に、壁になる様にしていたが作業の導線の邪魔になる事が多くて位置をズラしていた事が今回たまたま騎士さんの命を救った・・・という顛末だ。



「ただの偶然、幸運が重なっただけだろう。しかしこれが無ければ確実に人の命が散っていた」


「グレンツ辺境伯に代わりクルトン・インビジブルウルフ卿に感謝を。

今回助かった騎士は辺境伯の寄子の男爵家嫡男だったそうだ。それも一人息子でな、ご両親からは泣かれて礼を言われた。

ちゃんとお前の事を伝えてあるからな、今度の式典には辺境伯が本人を連れてくる。

勿論お前に礼を伝える為だ」


確かに作ったのは俺だが今回の功労者は何といってもデデリさんだ。

御礼を言いに来るなら拒むことは無い、ただ事の経緯をしっかり理解してもらわないと。

勘違いされても困る。


何度も言うが今回の功労者はこの置物を持って行く判断を下したデデリさんだ。


「魔獣をも跳ね返す防護障壁発生装置、しかもこれだけ小型でたった1人で起動できると・・・」

宰相閣下がグリフォンの置物に興味を持つ。



多分ですけど、・・・本当にあてずっぽうの俺の仮説ですけど、それだけ強力な防護障壁を展開できたのは素材が魔力石だからだと思うんですよね。


いや、いらんことはこれ以上言わんでおこう。

仕事が増えても今は熟しきれない。



聞かなかった事にしてくれたのか、宰相閣下が討伐戦の話に戻してくれる。

「デデリ、話を整理するが狼型29体とキツネ型が2体、合計31体で間違いないのだな?

それを・・・延べ一千人での討伐戦、一人も犠牲を出さずに殲滅させるか・・・歴史に残るな」

宰相閣下の言葉にコクリとうなずくデデリさん。



「ふむ、ではその後は当家の出番ですかな」

今まで静かに聞いていたフンボルト将軍が会話に混じり出す。


「そうなるな、ニアファイズ家から『語り部』たちへ準備を進めておくように伝えてくれ。

と、言う訳でデデリ、面倒掛けるがグレンツ辺境伯領の話と合わせてコルネンでの討伐戦の詳細も『語り部』たちに伝えてくれまいか」


「御意」



語り部?


「ああ、当家が中心になって組織している部門でな。

そうよなぁ・・・とどのつまりは歴史の記録係の事だ」


へえ、そんな部門が有るんですね。


「語り部たちは何も歴史の記録だけが仕事ではないぞ。

人とは間違いを繰り返す生き物だ。

故に建国以来の過去の事例を集計、系統立てて纏めて新たに進める政策の参考、指針を示す為に直接陛下へ助言も行う、かなり重要で権威のある部門だ」

こんなところでデデリさんからのインテリ情報が披露される。


ほう!凄いんだな、語り部たちって。

確かこの国って1万年の歴史が有るんだよな、そこから欲しい情報を選別、整理して報告するのか。

『語り部』の組織自体が人間データーベースってところか。



「歴史だけなら王家より我がニアファイズ家の方が古いからな。

来訪者セリアン様から頂戴した『恩恵(ギフト)』のお陰で建国以来の歴史のすべてがここに有る」

トントンと右手の人差し指で自分のこめかみ付近を叩くフンボルト将軍。


何言ってんのこの人?



「言った通りだ。語り部たち、そしてフンボルト将軍の記憶の中にタリシニセリアンの歴史が全て記憶されている」

すましたデデリさんからぶっきら棒に伝えられる。



ああ・・・そうか。

ゴリゴリの脳筋だったものだからフンボルト将軍がニアファイズ家の『直系男子』だって事に思い至らなかった。

つまりはこの人も人間メモリーの技能・・・いや、技能の更に上位の『恩恵(ギフト)』を持ってるって事か。


そういや前になんか自慢された事あったな、そう言う事か。

うん、俺理解した。

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