第380話 前世は一般人

テホア、イニマと狼たちを連れて王都内を移動している俺、クルトンです。



昨晩の晩御飯の後はそれなりに話題が盛り上がり。少々遅くの就寝になってしまった。

御母堂を初めて目にしたセリシャール君とシンシアはその正体を聞くと目を丸くし、特にセリシャール君は「失礼は無かったか」と食事会の振る舞いを一つ一つ検証する心配ぶり。


領主様が「そんな小さなことでどうこう仰られる御方ではない」とフォローしていたがセリシャール君の一人反省会はそのまま続いた。


今朝は普通通り起きては来たが何だか気だるそうで、熟睡できなかった様だね。




そんなセリシャール君とシンシアに邸宅から送り出されて今は俺の馬車で移動中。

これから騎乗動物の繁殖事業の厩舎兼事務所に向かう。


2日前にカンダル侯爵様の侍従をお借りし先ぶれして、そして本日スレイプニル(3頭)をお迎えしてからは初めてお邪魔する事になる。

お邪魔するって・・・一応俺の事業なんだけど王都に住んでいる訳でもないので運営はソフィー様が仕切ってるからそんな感じになってしまっている。


何気に面倒事が無いのですこぶるラクチンだったりする。

スレイプニルが増えた分の税金の支払いなんかもやってくれるし大変有難い。



今回の3頭だが当然捕獲した野生種、スレイプニルは基本野生種を捕獲するしか手に入れる方法がない。


だからかなり調教には手こずるはずだ。

一般の馬より大きく魔力が満ちるその体はまるで丸太の様で、この世界の強靭な人類でさえ軽く体当たりされただけで吹き飛ばされる。


ムーシカなんかか良い例だ、俺も最初は吹き飛ばされたし。

つまり調教は命がけだと思うんだよね。


そう言ったリスクも有るから『将来はスレイプニルを扱う見込みだから覚悟してね』と募集要項にキッチリ記載して人員を募ったら、王都のベテラン厩務員が軒並み手を上げてきたそうだ。


お陰で優秀な中堅どころから超ベテランまで人材を確保できたが、その選別がえらい

手間だったらしい。



そんな優秀な厩務員さんが怪我で仕事をリタイヤしましたなんてことがない様にと祈る気持ちで事務所に到着。

俺が王都を離れてから作られた、初めて見る大そう立派な入口を開けてもらい早速中に馬車を進めると、近くに居た人たちがこちらに注目する。


「あ、青毛のスレイプニル!ムーシカだ、おいムーシカだ!」

「なら隣の鹿毛はミーシカか!みろ、あの艶!!」


まるでだるまさんが転んだをやっている様な雰囲気で、わらわら人が集まりだした。

まあ、皆プロの方達であるからしてスレイプニルを驚かせるような急激な動きをする人などは居ないが、のっそりと、しかしいつの間にか人が馬車の両脇に押し寄せていた。


俺の進行方向を邪魔しない様に前はしっかり開けてくれたのと、ムーシカ達も王都やコルネンで人ごみにはもう慣れているから問題にもならずそのまま馬車を進める。


馬車置き場まで到着すると狼を含めたテホア達を下ろし事務所内に入って行く。

因みに馬車とムーシカ達を任せると伝えたら我先にと馬車からスレイプニルを馬車から外し厩舎に移動させていった。


プロとは言え手際よすぎるな。



「オーナー、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

事務所に入ると初老の男性が俺を迎えてくれる。


この人はこの厩舎のまとめ役、実務のトップであるフィアトさん。

何でも男爵家の次男坊だったらしい。

父親が大の馬好きで、その影響をモロに受けたものだから「家督が継げないなら馬に関わる仕事がしたい」とこの道に入ったと、自己紹介時に話してくれた。


因みに当時男爵の父親は大賛成だったとか。

一人前になるまで金銭的援助もしてくれたとの事で「なんだか家督を継いだ兄より贔屓されてましたよ」と笑って教えてくれた。


応接室の様な結構立派なテーブル、ソファーが置いてあるところに通されお茶を出される。

お、秘書さん?事務員の方かな。

女性がお茶を持って来てくれた、何気に従業員多いな。


一応、差し入れとして途中のパン屋で買ったラスクをその女性に手渡す。

それなりに大目に買ったからちゃんと人数分足りるはず。


女性は一瞬キョトンとしていたが中身はラスクだと告げるととても良い笑顔でお辞儀をして部屋を退出して行った。


休憩時間にでも皆で食べてください。

「はい、お心遣い有難う御座います、後で皆と頂戴いたします」


ここ王都でもラスクが広まっている様で大変宜しゅうございますな。

美味い物がどこででも食べられる、そんな世界。うん、良いじゃないか。



「本日は建屋が完成し、スレイプニルも捕獲され本格的にこの事業が動き出してから初の査察、お疲れ様です」


査察?


「はは、そう言う事で従業員には話しをしております。

優秀な者達ですが定期的に引き締めをしないと気付かぬうちに仕事が雑になりますからね。

丁度良かった」


なるほど、そう言う事ですか。

では早速”査察”を行いましょうか。


「はい、ご案内いたします。

中には初めてオーナーのお顔を拝見する者もおりますので、宜しければ一言お声がけ頂ければ」


分かりました。

でもオーナーとは言え「頑張ってくれたまえ」とか従業員の方達から反感を買いませんかね。


俺、これでも小心者ですから陰口とか後で聞いちゃうと結構へこむと思うんですよ。



「ブフォア!ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ・・・大変失礼しました。

そんな事は有りません、ここの全従業員位は守秘義務を遵守する為に誓約魔法を受け入れております、その秘密情報にはオーナーの素性も含まれますから・・・つまりクルトン・インビジブルウルフ騎士爵様は『魔獣殺しの英雄』、そして『スレイプニルライダー』である事は皆知っております。

英雄、しかも自由騎士に陰口など・・・正気の沙汰ではありませんな」


「それに言葉使いでどうこうなる様な上下関係ではありませんからね。インビジブルウルフ卿は間違いなくこの事業のオーナーなのですから、むしろそう言った言葉使いが普通かと」

言っている事は理解した。


でもさっきも言った通り俺は人の評価を気にする小心者なのですよ。

こればっかりはいつになっても変わる事は無いだろう。

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