第377話 権能

セリシャール君、シンシアの婚約報告当日となりました。

陛下の前で首を垂れている俺、クルトンです。


普段着慣れない正装も窮屈ですが我慢しています。




取りあえずカンダル侯爵様とセリシャール君からの決まり文句の口上はスルリと何の問題も無く終わり、陛下から直々のお言葉を頂戴する事となった。

上級貴族である侯爵に対してとはいえ、”直接”と言うのはかなり異例との事。


通常は口上でのやり取りで掛けられるお言葉で終わるらしいから。



陛下、いらん事言うなよ。




「この度は誠にめでたい。

”あの”セリシャールに治癒魔法師、しかもクルトンの義娘が嫁ぐとなればコルネンの守りは安泰だろう。

此度の魔獣大討伐戦の件も有る、世界がまた動き出している様じゃからな。

今後の働きも期待しているからのう、期待している。頼むぞ」


「「はっ!」」

領主様とセリシャール君が返事を返す。

俺も協力するから一緒に頑張って行きたいと思う。



「さて、昼直前に時間を合わせたから気付いていると思うが、このまま食事会に移る。

大丈夫、ここより気楽な懇親会の様なものだ。

美味い豚も手に入ったのだ、食っていくだろう?」


宰相閣下の最後の言葉、『美味い豚』と聞けばお付き合いせねばなるまい。

いまだ首を垂れている俺の顔がにやける。


「では会場に案内させよう」



全員立ち上がり先導する侍女さんに連れられ会場へ移動する。

陛下たちは着替えをしてから来るそうだ、さほど時間はかからないがお茶を飲んで待っている様にと言われる。



”ズズズズズーー”

相変わらず美味いお茶だ、温度も最適。

ここの侍女さん達の練度のほどがうかがえる。


「お褒め戴いているという事でよろしいのかしら?」

ヒューミスさんがお代りのお茶を注ぎに寄って来た。


勿論で御座います。

あ、ナッツ棒食べます?


「頂戴いたします」と優雅にお辞儀をして受け取った後に袖の中にスマートに仕舞うヒューミスさん。


その袖の構造が気になり「どうなってんだろう?」とタネと仕掛けを考察していたところに陛下の入室が告げられ皆が起立、首を垂れる。



「うん、気楽にね、いいよ座って座って」

顔を上げると相変わらずにやけた顔の陛下が片手をヒラヒラさせて席まで向かい、そして一緒に来た宰相閣下と同じタイミングで座る。


・・・陛下の御母堂もいらっしゃいまするでございまする。

無視しようとしたが出来なかった。


もう一人、一緒に来たチェルナー姫様の存在に気付かない程に驚いた。



カンダル侯爵様は笑顔のまま固まっていらっしゃいまする。

セリシャール君、シンシアはキョトンとした表情だが特に何も突っ込まない。



因みにチェルナー姫様はシンシアに「おめでとう」と声を出さず口パクで祝福を現され、シンシアも「ありがとう」と返している。


なんだよ、もうそんなに仲良しなのかよ、王家のバフが掛かってんじゃねぇか。

シンシア・・・恐ろしい子!!



取りあえず王家の皆様が着席したのを確認すると俺たちも席に着く。

陛下が「座って座って」と言っていたがそんな雰囲気ではなかったよ、特に俺とカンダル侯爵様は。



「さて、飯を食いながらで構わない、色々話を聞こうじゃないか。

特にセリシャール、お前はシンシアに技能の事は打ち明けたのか?」


陛下が話し出すと控えていたであろう給仕さん達が料理を運んでくる。



そして各々に一人づつ付いた侍女は好みのワインや果実水を聞いてそれをグラスに注いでくれる。

江戸切子の様なグラスに注がれたそれは見ているだけで美しい、こんなのも有るんだな。

今度作ってみよう。



食事会序盤からホストの様に振舞う陛下に俺だけでなく皆が恐縮するが、宰相閣下も御母堂も何も言わず、むしろ微笑んでいる。


陛下も始終ニコニコしながら婚約した二人を祝福し、夫婦となった際の秘訣なんぞを自慢話のように長々と話してご機嫌だ。


これ程の人材が良く巡り合えたと、独り者の輩にもそのコツを伝授してやってくれよと国王陛下がお道化ると、

「これは新しい時代の到来を世界に刻むためのたがね

世界に『認められた者』と世界から『居場所を勝ち取った者』が手を取り合い時代を駆けていく。

彼ら先駆者の残した轍を、それを道標みちしるべとして次の世代の者達は進んでいく事でしょう」

目を閉じた御母堂が静かに、ゆっくりと詩を読む様に口から音を発する。


言葉であるはずなのに弦楽器のヴィオラの様な音質が、その言葉の意味を理解する時間を奪う。


突然御母堂は何言ってんだ?

数瞬の後に正気に戻り言葉の意味を理解するがその真意が分からない。


世界がどうだとか。



「インビジブルウルフ卿、貴方が振るう爪は何も目に見える力としてこの世に具現化する訳ではありません。

『しがらみ』や『業』、それに類するものを断ち切りまっさらな状態で次に向かう為の準備を促す・・・浄化とでも言いましょうか、それも担っているのだと私は思っています」


やけに抽象的ですね、御母堂の技能はそういった性質なんでしたっけか。

いやいや、そうじゃない。世界がどうだとかの説明になっていないよね。



「母上が言っているのは『初期化』、『イニシャライズ』と伝わっている来訪者セリアン様の権能の一つの事だな。

良くも悪くもそれまでの事を無かったものとする能力だ。

母上は力の強さ、大きさがどうと言うよりも来訪者セリアン以来、初めて確認されるその権能に興味が有ったのだろう。

この場で言うのも何だが、母上の言葉に私も戸惑っているところだ」


「母上も宰相も難しく言いすぎだ、それだと儂も分からんよ。

クルトン、つまりはお前がセリシャール、シンシアの縁を繋いだという事だ。

お前が居なければ彼らの運命は交わらず、最良の可能性が消えていた事になるでな」

今度はため息をつきながら、陛下が俺にそれまでの会話の内容を要約してくれた。


うん、なんとなくだが理解した。

でも『初期化』って・・・太古の大災害よりヤバい能力じゃないのかな。

効果範囲が分からんが大丈夫なのか?それって。



以前渡したレシピで料理長が再現してくれたんだろう目の前のトンカツ。

その味が分からない位に俺は動揺していた。

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