第373話 浮かび上がる垢
裏口から入り込み、部隊の袖から観客席を眺めている俺、クルトンです。
まあ、進入は問題なくサクッと入り込めましたよ。
楽屋部屋代わりの併設されていたもう一棟の天幕を通り舞台側のテントに入ると、公演中は流石にドタバタして諜報活動も制限されるかと思いきや小道具係みたいな人が(あのカチカチやる)カウンターを片手に観客を老若男女別に人数を数えて記録している。
一旦引き返し、楽屋のテントの机なんかを漁って書類なんかを確認してみると公演を行った曜日ごとにその入場者の推移を調べている。
驚いたのは別の資料には主要な大通りの馬車と人の交通量まで時間経過毎にグラフでまとめてあった事。
しかも衛兵、騎士の巡回経路迄まで把握していた。
地味に尾行でもして情報集めたのかな。
大まかにだが朝市の品ぞろえ、露店、屋台の数や一人当たりが買い物に使う金額の概算(こんなのどうやって調べたんだ?)なんてのも有る。
これは不味い、非常に不味い。
悪意を持ってこのデータを活用されてしまったら、警邏業務の穴を付かれて結構な数の諜報員が王城まで何の抵抗も無く接近できそうだ。
その国の物流の状況なんかも兵站の備蓄量を試算するのに結構重要な情報になるし。
仮に今、その情報を活用するつもりではなくても、近い将来持っているだけで脅しになってしまう、そんな価値も出てきそうな情報だ。
考えれば考える程ちょっとどころじゃない、かなり不味い。
分かり難い話だが、
個人の戦闘力や特殊な技能で前世の地球人とは比較にならない位にこの世界の個人の能力は高く、結果としてそれに頼った仕事の仕組みが良くある。
仮に衛兵さん、その重要人物が病気や事故で一時的にでも仕事に穴をあけてしまったとしよう、そうなると帳票に纏められていたあの情報は途端に重要度が増し、別の意味も次々に負荷され情報自体が力を持つ状態になってしまう。
その衛兵さんがとても優秀で替えの効かない、特別な仕事を任されていたりしていたら、「へー、あの衛兵さんが怪我で休んでいるんですか。ふーん、じゃあこの場所のこの時間帯の警備は穴だらけですね」てな事をポロリと言ってプレッシャーを掛けたり。
持っている情報をにおわせるだけで相手に不必要な労力を掛けれるようになる。
一言呟くだけでだ。
「小国なのに他国に飲み込まれる事無く独立を保てた訳だ」
変に感心してしまう俺。
ネズロナス教国なりの処世術と言ったところか。
核に匹敵するような抑止をもたらす軍備も揃えられない故だろうね。
取りあえずはフォネルさんに報告して宰相閣下にでも伝えてもらおう。
けど、その高い身体能力を存分に発揮したサーカスはとても見事なんだよなぁ、これだけで言えば俺も素直に賞賛する位素晴らしいショーなんだよ。
・・・最後まで見ていくか。
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侯爵邸に帰り、フッカフカのベッドでぐっすり寝た俺は翌朝早速カンダル侯爵様へ昨日の状況を伝え、フォネルさんに会うために王城へ徒歩で向かう。
今日のお供もポムとプル、なんだかこの狼達は俺といると色々な物(オヤツ)か食えると思っている節がある様で、足取りがスキップをしている様に見えたり見えなかったり。
まあ、間違っちゃいないけどな。
王城の門で門兵さん達と挨拶を交わして訓練施設へ向かう、もしそこにフォネルさんが居なければ直接宰相閣下の所に向かうつもり。
今回は魔獣の件では無いから騎士団ではなく本来元老院を通した方が良いのかもしれないけど、フォネルさんには昔から色々アドバイス貰ったりしてるからいつも頼らせてもらっている。
訓練施設に向かうと・・・いたいた、ああ~クウネルを見にフンボルト将軍も居るじゃないか。
あの人、好きだもんな、騎乗動物。
馬が趣味って言ってたような気もするし。
ポポと違い気性が穏やかなクウネルは、鼻息の荒いフンボルト将軍にも澄ました顔で相手にしていない様に見える。
脇に居るフォネルさんがそっと羽を撫でていることも有るんだろうけど実に大人しい。
本当に騎乗動物として最適なグリフォンだな。とても珍しく、そして羨ましい。
フォネルさん、フォネルさん。
おはようございます、早速なんですけどお話が有りまして。
「ああ、おはようクルトン。
話しってなに?悪い話しっぽいけど」
良く分かりますね。
「君との付き合いもそれなりに長いからね」
苦笑いを返してくるナイスガイ、頼りになります。
それで要件なんですけどね、王立公園にいまあるサーカスなんですけど・・・。
昨日調査した内容を話し意見を求める。
「まずいね。
いや、人口動態調査みたいなことしてるのは衛兵たちも知っていたはずだけど・・・ちょっと知られすぎだね、この国の情報」
不味いですよね?現実的かは別にして、ここ王都を落とすにはどの位の戦力必要かってのも試算できると思いますよ。
お金の流れも物流から大体試算出来ますし。
「君の話を聞いてるとますます恐ろしいね」
「クルトン、ついてこい。直ぐに宰相閣下の所に行くぞ」
いつの間にか近くに来ていたフンボルト将軍が真顔で俺に話しかけてくる。
幾らなんでもこれは早々に対策を打たないとマズイと感じたんだろう。
こんな時は判断早いよな、流石将軍。
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朝から宰相閣下の執務室に俺たち3人が乗り込み事情を説明する。
どうでも良いけど気のせいか?
今回に限らず俺が把握しているだけでも結構不味い案件は今までも有ったよな。
これだけ問題が内在していたこの国って、無事に運営出来ていたのが何気に奇跡だったんじゃね?
「そう言ってくれるな、正直どの国も似たようなものだぞ。
まあ、今代の陛下がおられるわが国では、問題発生後の対策に失敗が一切なかったから大事にならずに済んだという事も有るがな」
久々に会った宰相閣下からのお言葉。
そうなると陛下のお世継ぎも超有能な人を確保しておかないとマズいですよね。
「クルトン、こういった事も有ってお前の国内の遊行、今後の働きには期待しているんだよ。
地方までは中々陛下の御意向も正確に伝わらない、そんなことも有るからな」
「因みにお世継ぎはいらっしゃるが皆辞退の意向を示されていてなぁ、当代が優秀過ぎるのも考え物だ」と疲れたように呟いていた。
別の意味で後継者問題が揉めているみたい、頑張ってください。
応援しかできないけど国民の為に。
こうしてシンシア達が婚約報告の支度を進めている間、俺は”俺が”表面化させてしまった国家の重要案件を片付ける作業を進めていく事となったんだ。
面倒な事になりませんように。
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