第372話 「少しは隠せよ!」

翌日、ポムとプルを連れ午前中からウリアム宝飾工房にお邪魔している俺、クルトンです。


「うん、これも頼むわ」

挨拶もそこそこにウリアムさんから腕輪の付与術式のデバッグを頼まれました。


目の前に術式から読み取ったログの帳票が山の様に置いてあります。

良く崩さずここまで積み上げたね、君たち。




「お前と俺が丹精込めて作ったことも有って腕輪の問題は基本無い。

表面上はな。

けどよ、稀にスペア術式やらセーフモード?って言うんだっけか、その術式に切替わる非常事態が履歴に残ってる事が有る。

大事になる前に原因を突き止めなきゃなんねえ、そうしないと対策も立てられん」


順調に腕輪の生産量が目標数に届き、結果タリシニセリアンの近隣諸国にも段々と浸透してきている。


当然出回る量が多くなれば、その割合で極小数の問題であっても数そのもので言えば一つの工房総がかりで対処しなければならない仕事量になってしまったりする。


この腕輪はこの国の最新設備で作られる先端技術の結晶。

当然これからあらゆる国、環境で揉まれ、残ったログを解析しフィードバック、その後繰り返し改善が施されていく。


こうなるであろうことは予想していたとはいえ俺が思っているよりペースが早い様にも感じる。


まあいい、とりあえず仕事を熟そう。



「いやあ、あんがとよ。

やっぱりオリジナルを作った開発者が居ると解析早くて助かるよ。

で、今回は何しに王都に来たんだ?」


仕事が午後にまでずれ込み、直ぐ近くの食事処の一角をお借りして親方と遅めの昼食を戴いています。


ここはウリアム工房で腕輪を開発していた時、丁稚さんの分も一緒に昼ご飯を届けてもらう様に契約していた食堂。

なので俺の顔なじみという事も有って営業時間外ですが融通利かせてくれました。


ポム達にも骨付き肉を準備してもらいました、無理言ってすみません。

有難う御座います。



そんで親方からの質問に質問で返します。

「シンシア覚えてる?」


「ん?忘れる訳ないだろう、そんな昔の事でもないのにまだまだ耄碌はせんよ。

あの治癒魔法師の嬢ちゃんだろう?

15にもなってないのにもう一人前とか言ってた凄腕の治癒魔法師」


そうそう、その子なんですけど婚約する事なりまして。

その報告の為に王都に来たんです。


「ほう!めでたいじゃないか!!

で誰がシンシア嬢を射止めたんだ、なあなあもったいぶらずに教えろよぅ、よぅ、よぅ」


ちゃんと説明しますよ、そんなウザがらみしてこないでください。


それでですね、お相手は交易都市コルネンの領主ミリケルス・カンダル侯爵様の長子で嫡男、セリシャール・カンダル様です。


「ほふ!そりゃまたすげえな!!

カンダル侯爵家と言えば国の交易の要、コルネンを代々統治する超名門貴族じゃねえか。

いや、幾ら侯爵様でも治癒魔法師で若い女性となればほっとかねえか、嬢ちゃんの故郷は領内の大麦村って言ってたしな。

そのうえチェルナー姫様とも懇意にしているとなればそりゃそうか」


「良く考えりゃ嬢ちゃんの格に釣り合ってるな」とウンウン納得している親方。


そのままだと平民から輿入れする事になるんで、一応今は俺の養子となってます。

建前上インビジブルウルフ騎士爵家から嫁ぐという事で落ち着きました。


「自由騎士の娘ともなれば誰も文句は言えんだろう。いやいや、良い落しどころに納まったな、安心、安心」


親方は「おめでとう!」と俺を祝福した後、昼は過ぎたとはいえ陽も傾いていないのにエールとつまみをを注文しだし、勝手にご機嫌になって飲み始めた。


理由は何であれめでたい事で飲む酒は美味いらしい。


もっともな事なので俺も一緒に飲みだした。



昼から結構な量の酒を飲んだとは言え、ほろ酔いのウリアムさんと違い俺は酔う訳でもなく次の用事を済ませる為に移動する。


今は陽が沈みかけるその狭間の時間帯、何故か心がざわつく瞬間だ。

昼の時間が追い立てられるように夜に取って代わられる、毎日の事なのに済ませておくべき仕事が残っているんじゃないか?そんな事は無いのに前世の社畜根性が俺の心をかき乱す。



・・・そろそろ軽めに掛けていた認識阻害を本気にする。

これにより俺の脇に付いて来ているポム達含め、今の俺は他の人達から全く認識されない世界の狭間に居る状態となる。


さて、厄介な事になりませんように。






厄介と言えば厄介だが目的は何だろうか。

諜報活動と言ってしまえばそれまでだが流石に目立ちすぎじゃねえか?


俺が来た場所は騎乗動物の繁殖事業事務所にほど近い王立営公園の一角。

ここには今、無数の小さなテントと超大型の天幕が二棟設置され、その一つは夕方18時から約1時間公演が開かれている。


前世で言うところのサーカスである。


大道芸レベルの前座から徐々に魔法も使用した大掛かりなショーへと演目が移り変わる中々に見ごたえあるサーカスショーである。


これだけ見ればただただ感心してしまう、それだけなのだが何を隠そうこのサーカス団のパトロンはネズロナス教国。


いや、この表現は正確ではないな。

このサーカス団員たちは全てネズロナス教国の公務員でありまする。

しかもこの情報は周知の事実なのですよ、恐ろしいことに。


少しは隠せよ!


お国からお給料をもらって訓練、各国を回って公演を開催する事で外貨を稼ぐ一方、その国の諜報活動を隠すことなく堂々と行っている。


あまりに堂々と行うものだから・・・公演中に客席へ国の今の景気だとか事件だとか不満だとか・・・笑いに変える一つのネタとして声がけし、合いの手を求めたりするものだから衛兵さん達もチョットどうすればいいか分からず戸惑う事も良くあるそうで、空気読まずに演目を中止させれば観客から総スカンを食うのが目に見えていることも有り明確な犯罪でなければ目をつむっているのが現状みたい。


その日の公演が終われば団員さん達は交代で夜の飲み屋に繰り出し、自分たちの知名度を活用してこれまた堂々と諜報活動するらしい。

飲み屋でのおしゃべりと言う名目で。


こういったやり方がネズロナス教国の得意としているところみたい。



このサーカス団に限った事では無いが、当然のことながら移動は馬車になるので各国を回るにも移動期間がかなりかかるから、タリシニセリアンに今回来たのも3年ぶりらしい。

前世と比べればここ王都であっても娯楽はそう多くはないので、ここ王都住民に限らず他国の人達までもこのサーカスを楽しみにしているそうだ。



そんなこんなで今晩はここ、サーカス団を視察してみようと思う。

裏口から。

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