第370話 支度

しっかり目が覚め、今は真面目な顔をして打ち合わせに入っている俺、クルトンです。


テホアとイニマは俺が寝た時に一緒に寝てしまった様で、今は一般市民のベッドよりフッカフカなソファーで横になっている。





どうやら予定より到着が遅れてしまった事で、準備も1日早めないと間に合わないらしい。


婚約の報告は内謁に相当するお目通りだけなので何をするでもないが、とんでもない事や無礼を働くと婚約を認められない事も有るからしっかりした準備は必要。


特にいらんこと言わない様にするのが重要らしい。




上級貴族である侯爵家の嫡男ともなると婚約、結婚するにも陛下の許可がいる。

第一夫人の時だけらしいが、国の職務に深く関わる侯爵家を支える奥方が無能では大変不味いそうで。


権力を笠に着て周りや部下に高圧的な振る舞いをしたり、散財癖が有ったりするとたちまち陛下、宰相閣下のお耳に入り婚約、結婚の許可が降りなかったり取り消されたりする。


この国の貴族様は意外とこういった制約が多く、一般人が想像するより好き勝手出来ない。

実は監視されている状態なんだよ。




幸いセリシャール君のお相手であるシンシアは陛下、宰相閣下からの評判も良く、何なら来訪者の加護持ちのチェルナー姫様とも(いつも間にか)マブダチで且つ姉妹の様だ。


貴族最上位の公爵位を持つソフィー様も娘の様に接してくれているし、シンシアもそれに答えて誠実であり続けている。



つまりセリシャール君がヘマをしなければ全く問題無い、最初からヌルゲープレイなのだ。



「そんなにプレッシャーかけないでください」

ちょっと困った様に俺に言ってくるセリシャール君。


大丈夫だよ、なめてかかるような事はしちゃダメだけどいつも通りの君なら問題無い。

仮に何か有ってもシンシアが支えてくれる。


ホント何なの?この至れり尽くせり感。



「とりあえず陛下の御前で自らと婚約者の名を名乗り婚約をお許し頂きたい旨申し上げれば終わりです。

事前の周辺調査はもう十二分に済ませていますから問題は一切ありません。

これだけなら10分もかからないでしょう」

向かいの椅子に座ったアスキアさんから今回の婚約報告に対し行事の進め方を指南頂き、内容を確認しているがセリシャール君はさっきからソワソワしっぱなし。


「いや、その・・・、改めて実感が湧いてきたと言いますか・・・」



「ははは、その気持ち良く分かるよ。

何と言ってもクルトンさんがお義父さんになる訳だしね。しかもシンシア嬢はとても優秀な治癒魔法師、そして受け継いでいるその技はインビジブルウルフ直系なんだから」


俺、殆ど何もしてないけどな!


「名前だけでも十分なんですよ、覚えていますか?インビジブルウルフが後ろに付いていると言うだけで王都に居た時は誰もちょっかいかけてこなかったでしょう(笑)。

パリメーラ姫様のデデリ侯爵様の様な立ち位置ですよ、クルトンさんは」


変な狂信者はちょっかいかけてきたけどな!


まあ、デデリさん程貫禄は無いけどね、でもつまらん輩が次々湧いてこなかったのは良かったよ。


「とりあえずよっぽどの事が無い限り何も問題は起こらないでしょう。

起こりそうになっても何とかするのでしょうし」

いつも通りのイケメンスマイルで俺に笑いかけるアスキアさん、幾らなんでも俺を買い被りすぎですよ。


「腕輪のお披露目の件も騒動になる前に潰してしまったじゃないですか」


あれは本当に焦ったしヤバかった。

来訪者の加護持ちへの不敬は条件さえそろえばその場での無礼討ちが許されるんだから。

死刑制度が無いこの国でさえそれが許される本当にイレギュラーな瞬間だったんだよ、本当の本当に危機一髪の事態だった。


「その事件を未然に防いだ事に対して、特にソフィー様は自分の教え子を守る事が出来たと深く感謝されておりました。

陛下ですら優秀な人材を無駄死にさせなくてホッとしていた様でございます。」


へえ、そんなに優秀な人達だったんだ。


「もう会われたんでしょう?その辺はいかがでしたか。

4人ともとても読解力が高かったと思いますが。

伊達にタリシニセリアン王立大学を卒業していませんから、しかも浪人も留年もしてませんし」


確かに。

でも、なんでそんなに頭良いのに変なナラティブに引っかかったんだろうね?

精神系の魔法にかかっていた様でも無かったのに。


単純に魔法が介在しない話術で思考誘導されたのかな。


「それは『かの国』の得意分野ですねぇ。

魔力の残滓が残り様も無いので確認する方法が供述意外無いんですよ、証拠が集められず大変苦慮する点です。

おっと、話が大分ずれてしまいましたね。

何れにせよクルトンさんも同席する事ですから問題無いでしょうから気楽に行きましょう!」

最後に皆と握手を交わしてアスキアさんは部屋を退出した。

特にセリシャール君とは「期待しているよ!」とガッシリ握手してた。


金髪イケメンで婚約者の方も超美人で国王の曾孫で『来訪者の加護持ち』。

相変わらずアスキアさんは主人公感が凄いな。

広報部門に所属しているとは言えれっきとした近衛騎士で、意外に思うかもしれないが『頑強』の技能持ちという事も有りその戦闘力はセリシャール君を軽く上回る。

しかも性格は思慮深く温和、誰にでも優しく理不尽な事にはちゃんと筋を通して議論求める穏健派であるが決して弱腰と言うわけではない。


本当にアスキアさんが主人公で良いんじゃねえか?この世界。



「確かアスキア殿は伯爵家嫡男でしたよね?本当に中央(王都)の貴族はレベルが高いですね。伯爵家であの貫禄、いやはや・・・」

ちょっとセリシャール君が肩を落としている。


「アスキアさんは特別、あの人は子供の時から王族の側仕えをしてきたんだから仕方ないの」

シンシアが寄り添ってセリシャール君を励ましてる。


ええ子や。



「では、衣装合わせに移りましょう」

打合せが終わると待機していた王族使えの侍女さん達が準備の為に体を採寸する道具をテーブルに並べ、カンダル侯爵家がコルネンから持ってきた衣装箱からドレスを取り出し日本で言うハンガーに掛けて並べていく。


シンシアの衣装合わせを行う様だ。


ササっと準備が進むのに合わせ「殿方は別室にてお願い致します」と追い出される俺たち。


テホアとイニマはまだ寝ていて、そのままにするそうだ。

起きたら侍女さんがお相手してくれるってさ。



俺たちはすぐ隣のその別室に案内され、こちらにもスタンバっていた侍女さん達に採寸され直ぐに終了したが、シンシアは未だ時間かかる様だ。


少しボリュームを押さえた薄桃色のウェディングドレスの様な衣装、それ以外にも2着俺が拵え今回持ち込んだ。


採寸するまでも無く、サイズはスキルにぶん投げたのでミリ単位でピッタリのはずだから手直しするとしたら履く靴に合わせて裾をどの位上げるか、その位のはず。


なんでこんな時間かかってんだろう?



「衣装だけではなく、それに合わせたお化粧や髪型の確認も有りますので。

そうですねあと2時間ほどはかかると思います、お茶のお代りはいかがですか?」


そうか、そうだよね。

女性なんだから。



もう一杯お茶を貰い、今まで以上にゆっくり味わって飲んだ。

何だろう、こんな時間も退屈な感じがしないのはそれなりに興味を引いた事が有ったからだろうね。


例えばなんでヒュミースさんがここに居るのか?とか。



「あら、私はインビジブルウルフ卿の侍女にと陛下から直々に任命されたのでございますよ(笑)

居なければ逆に叱られてしまいますわ」

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