第367話 越境する噂

後始末を始めとした魔獣討伐戦の諸々の残務処理は着々と進み、その間にもテホア達の訓練、使用人の貴族様達の職業訓練は続いて行く。



大体の事がルーチンワークとして熟す事が出来る様になり一息ついている俺、クルトンです。



シンシアの婚約報告の為の準備は領主様達が主導で進めているので、これについては基本俺は何もすることが無い。


必要な時にシンシアを領主館に送って行くくらいだ。



なので最近の俺は少しずつ暇な時間が増えてきている。

暇と言ってもそんな時の殆どは店を手伝っているんだけど、伯父さん達は俺が抜けた後の事も考えて仕事を分担する量を以前の状態に持って行こうとしているので、工房の手伝いは遠慮されたりすることが多くなった。


今後の為とは言えちょっと寂しい・・・、けど必要な事だから仕方ない。




そんな状況はカサンドラ工房でも同じで、今は俺が残した見本、資料を基に懐中時計だけではなく腕時計を作れるよう皆で腕を磨いているそうだ。


そんな中でも親方の息子さんの1人は貴金属を使用したジオラマや人形を作る職人を目指しているらしい。


色々な商品を扱うにあたりそれなりの投資は必要になるが、一定層のニッチファンを獲得できればもしもの時の販売不振を軽減する事も出来るだろう。




治癒魔法師のオズドラさんの件も徐々にではあるが話は進んでいる。

この前、変装用のマスクを仲間の人達へスペア含め渡しているから近々領主様主導で診療所開設の準備を始める事になるだろう。


慎重に事を進めているから治癒魔法協会からの妨害は今のところ無いが、本格的に動き出したらいやが応にも知られる事となる。

場合によってはカンダル侯爵様は協会と対立する事にもなり兼ねないから、出来るだけ発覚は遅い方が良い。



「さて、概ねやる事に区切りは付いたかな」

延び延びになっていた出稼の終わりもようやく見えてきた。

王都に行ったらシンシアの婚約報告や騎乗動物の繁殖事業、腕輪の現状の確認や以前お世話になった人たちへの挨拶周りを行えばもうやる事は無い・・・はず。


今度コルネンに戻った時には直ぐにテヒニカさんを連れて故郷に移動しなければ農作物の種まきに間に合わない。



コルネンと故郷の開拓村の距離、旅程は俺の馬車ならたった1日。

それでも魔獣の危険はそれなりに有る。


そう考えればやはり次の仕事は安全な交通インフラの整備、どうすれば安全を確保できるか考えないと。

これは俺だけでは知恵が出ないと思うから、色々な有識者に助言を求めて検証していこう。


安全に街道を行き来し自由に旅行が楽しめる世界、うん良いじゃないか。



「教皇様、ご多忙の所お時間頂き恐縮でございます」

ザーシュト枢機卿がソーヴィ教皇へそう前置きし、要件を話し始める。


「ベルニイスがタリシニセリアンと正式に同盟を結ぶ事がほぼ確定した様で御座います」


「戦士の国であるベルニイスが何とも軟弱な事だ。しかも”あの”タリシニセリアンとは国王はとうとう老いぼれたか?」

机で仕事を熟しながら教皇がそう呟くと、枢機卿が話を続ける。



「いかがいたしましょうか?工作員も追い返されてしまいましたし、次の人材を派遣するにも少々検問が厳しくなっている様で御座います。

次は正式なルートで役人でも派遣しないとかなり面倒で御座いますが」


「なぜ『影』を向かわせたがる?

卿はなぜそんなにタリシニセリアンを警戒する?

捨て置けばよいではないか。

あそこは大義が有っても易々と他国に手を出すような国ではないぞ」

若い頃、50年以上前ではあるがソーヴィ教皇はタリシニセリアンを訪れた事が有る。

当時は何と自由でそして節操なない風土、文化かと下に見ていたが、今となってはその柔軟で貪欲、強靭な国民性、文化が有るからこその一万年王国なのだろうと納得している。


「見えるのでございますよ」

真剣な目で教皇を見据える枢機卿。


「悪い方か?」

やれやれと言った様子で口を開く教皇



「この国にとっては」



「ならば何を成せばいい?

正直言って私はそんな事より内政の方が重要だと考えているんだが?

ようやくベルニイスからの塩の安定供給にこぎつけたのだ。国内を混乱させるような事はしたくないのだがな」

眉をしかめ枢機卿の話には乗ってこない教皇、しかしそんな事は分かっていた事なのだろう、更に話を進める。


「来訪者が現われたとの噂が有ります」


「まったく、噂で人は動かせんぞ。俺をからかっているのか?」

このザーシュト枢機卿は頭は良いが言葉が足りない、相手に理解してもらおうとする態度が見えない。

自分の話を察しろと言うスタンスだ。


面倒くさくなった教皇は「もういい」とシッシと手で払う様な動作で枢機卿を退室させようとするがその気配はない。


「来訪者が『加護持ち』を救いに今世に顕現したとか、その権能を封じた『加護持ちの腕輪』がベルニイス、タリシニセリアンに出回っているとの事で御座います」


ピクリと教皇の片眉が上がり仕事の手を止め顔を上げた。

「・・・誠か?」



「噂に御座います」



教皇は深く椅子に座り直し背もたれに体を預けると上を向いたまま

「まずは事実関係を調べてくれ、くれぐれも外交問題になる様な事は無い様に」

そう指示を出して仕事に戻る。



満足したのか枢機卿は深く頭を下げると今度こそ部屋を退出して行った。





歴代で最も有能で国民に愛されたと言われる教皇マイセット・ソーヴィ。

そんな彼がネズロナス教国最後の教皇になってしまった事は大変皮肉なことであった。

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