第365話 苗

下宿先裏口の軒先でリンゴの苗の鉢を交換している俺、クルトンです。



以前ポックリさんから貰ったリンゴの苗。

色々留守にすることが多かった俺に成り代わりシンシアが一生懸命世話をしてくれたお陰で結構な大きさになった。


本来なら地植えしたいところだがその場所を確保できていない。

最初は俺の故郷へ持って行こうと思っていたのだがシンシアがとても大事に育ててくれた物だからあげても良いかなと思っている。


そうなればカンダル侯爵家の敷地に植えるか、自前の農園が有ればそこになるか。

いずれにせよ植樹場所が決まるのはしばらく後になるだろう。


だからもう少し大きな鉢に植え替える事にした。


「これでもう少し大きくなっても大丈夫だね」

脇で手伝ってくれているシンシアがそう言って笑う。


そうだね。


こんな時間もあと少し、俺が故郷に帰り彼女が領主様の館で暮らすようになればこんなひと時を過ごす事も無くなるだろう。


そう思うと大麦村に居るご両親の心中たるや想像に難くない。

一人娘でもあるし、さぞ寂しい思いをされている事だろう。


子供が生まれにくいこの世界、一人っ子家庭はかなりの割合である。

シンシア当人は当たり前として受け入れている様だが、飛行機を使えば国の端から端まで1日掛からず移動できる前世の日本とは違い、嫁いだ後には会う事も叶わず手紙のやり取りだけと言う事もざらにある。


しかも辺境の開拓村などは、生活が困窮して手紙を出す事さえできない家庭も未だある。


更に街道等の移動は魔獣の脅威も有るからお金が有っても気軽に旅行もできない。

だから商隊では護衛を雇うし、単独で行動する事が多い行商人は特別な技能を持っている人が少なくない。


・・・やっぱり安全な交通インフラを整えるのは超重要、国力の増強だけじゃなく人の往来も活発にして交流も生まれる。

新しい血がより広く交われば人類の可能性はより高まっていくんじゃなかろうか。


そんな事を考えながら鉢の交換を行っているとふと大蛇の事を思い出す。

魔獣の件で思考の隅に置いていたが、あの大蛇の件は早めに調査お願いした方が良いかもしれない。

今度献上する為に王都に持って行くつもりではあったが陛下が自慢する為だけではなく、ちゃんと研究してもらう様に上申しよう。



「出来た」

シンシアが早速新しい鉢に植え替えたリンゴの苗に水をやっている。


リンゴの花も白く美しい。

花を愛でる習慣があるこの国でも十分観賞用として通用する位に。


やがてそれは赤い実となって、誰かの糧となり種を運んでもらうのだろう。



命を繋ぐその輪廻の輪に乗って。



王都へ行く準備は着々と進み、その為に護衛で帯同する騎士さんもあの大討伐戦で損耗した武具もの修復を急いでる。

だから今はコルネンの鍛冶屋はどこも大忙し。


期間限定の仕事ではあるが、こんなに一ぺんに修復の依頼が来ることはまずなくて、物によっては一から拵えた方が良い位破損している物も有ったそうだから尚更らしい。


「大破している鎧を見て”これ付けてたやつは本当に生きているのか?”って心配していたぞ?」

カサンドラ親方が懇意にしている鍛冶工房に寄って状況を聞いてきてくれた。


そうなんですね。いや、それほどでしたよ今回の討伐戦は。

今、俺の作業部屋で親方とお茶を飲みながらコルネンの現状について情報交換している。



「しっかしたまげたよ。53頭だって?いや疑っちゃいないよ。俺も全部じゃないが運ばれてくる魔獣を何頭も見たからよ。

お前が居たとはいえすげえ戦果じゃねえか。さすがに今回は陛下から直接お言葉頂戴するだろうさ」

うん、俺もそう思う。


最下級の魔獣とは言え53頭全てを討伐、しかもこちらの人的被害は無いも同然だ。

今までの魔獣討伐戦から考えるにこれは奇跡的な事だ。


本来ならここコルネンが無くなっていただろうから。



「だがおっかねえよなぁ、そんな近くに魔獣が居たなんてよ」

そう、流石にこれは何かしら対策を打たないとマズそうだ。


何度も言うが何から何まで俺の技能に頼りっきりになってしまっては、俺が天寿を全うしたその後の魔獣対策に致命的な穴が開いてしまう。


探知機能を施した杭?とかを一定間隔で打ち込み、今以上に魔獣の早期発見を目指す、例えばだがそう言った仕組みを構築しなければならないだろう。


ゴーレムにその機能を付与して巡回させても良いかもしれない。

魔素と言う謎エネルギーを取り込み続け、それを素にした魔力で動作させる今まで通りの動力を活用させれば定期的なメンテナンスと事故以外、休みなく巡回してくれるんだろうから。


「人手は限られてるしな、騎士の才能を持つ者もそう多くは無い。お前が拵える道具で幾らかでも賄えるんならそれに越したことは無いだろう。

どうせ俺ら、この工房も巻き込まれるんだろう?」


ええ、その際はお願いします(笑)


「ああ、仕事が有るって事は良い事だ。弟子たちに腹いっぱい飯を食わせてやらなきゃなんないからな。期待してるよ」



人類の未来を繋ぐため、『来訪者の加護持ち』の方達への救済は腕輪の開発である程度は形にはなった。


だとすると、これからは魔獣への対応を考えていかなければならなさそうだ。


国中をカバーする為には俺一人での対処には限界がある。

パジェの技能はこんな時にもってこいの様な気もするが、あの子はまだ子供でこれから色々な概念を、見えない色々な物に至るまで様々な事を勉強していかねばならない。

少なくとも12歳を超えるまでは静かに暮らしてもらう方が良いと思う。

それこそ情操教育なんてのは子供の時に行うものだし。


思いやりの上に構築される『常識』が無ければ、恐らく世界の勢力図を塗り替えてしまう程の強力な能力を使いこなすには危険すぎる。



シンシア、パジェ、テホアにイニマ、セリシャール君に生まれたばかりのリーズンボイフ君。

次世代の主役たちの舞台である畑を整え、そこに苗となる彼らを導くのが俺の役目、使命の一つなのだろうか。



何だかボンヤリそんな気がしてきて、そしてこれは間違いない事なのだろうと何故か確信を持つ事が出来て、


「やる事が沢山だ、長生きしなきゃいけないな」


そう自分に言い聞かせた。

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