第362話 世界への錨

珍しく二度寝をして再度目を覚ました俺、クルトンです。



どうやら皆が俺に気を使ってゆっくり寝せてくれたみたい。

目を覚ました時点で後始末は殆ど済んでおり俺がやる事はもう無くなっている。

今は班ごとに休憩、談笑している状況だ、笑い声もあちらこちらから聞こえる。


昨日のうちに魔法で大量に作っておいた氷も魔獣を冷やすのにほとんど使いきった様で討伐初日からコルネンまで往復している荷馬車に残りの魔獣と一緒に積み込まれている。



「ああ、クルトン、おはよう。

早めに起きてくれた良かったよ、王都に報告に行く前に聞きたい事が有ったんだ」

魔獣が討伐された報告を受けたからだろう。

フォネルさんが荷馬車と一緒に今朝、俺が二度寝している時にここへ到着したみたい。



はい、なんでしょう?

起きて早々、俺に何やら聞きたいことがある様だ。

「多分だけど今回の大規模討伐戦が陛下のお耳に入れば式典の準備が直ぐに始まるだろう、君への褒美をどうするかも検討されるはずだ」


俺への褒美?

これは騎士の通常業務の一環なんじゃないですか。

以前俺が討伐した様な特殊個体は居なかったし、数は多かったですが皆で討伐しましたし。


「まあ、クルトンが人間としてクズだったらそういった扱いをするかもしれないけど・・・君が褒美を受け取らないと彼らの成果も正しく評価されないんだよ」


今回今討伐戦に参加した200人のコルネン駐屯騎士団員を見てフォネルさんがそう告げる。



そう言われると俺も何も言えない。

「話を戻すけど褒美は何が良いか聞いておこうと思ってね。

望みがすべて叶う訳ではないけど素案みたいなのが有った方が打ち合わせが早く済むからね」


そうですね、本人から聞いた方が早いですもんね。

勝手に忖度してくれるかもしれない、そう言った期待もあるんでしょうが。


なにが良いだろう・・・今じゃないとダメですか?

今更だけど突然聞かれても思いつかない。



「まあ仕方ないか、私はこれから直ぐに王都に向かうから”思いつかなかった”と報告しておくよ。

大丈夫、無駄になる物にはならないさ、以前もそうだったろう?」


ええ、使わないかなと思っていた補助金の褒美も結局すごく助かりましたし、任せるのが一番良い気がします。


「じゃあ、これで。帰ってきた時は登城の日程を知らせる事になるだろうから覚悟はしておいてくれよ。

後、デデリ大隊長から『巣』の情報も預かったからちゃんと報告する、クルトンは安心していて。

なんだかんだ言って君が一番活躍したんだろう?ゆっくり休みなよ」


そう言い残すとサッとクウネルに跨ったフォネルさんは、フワッと浮かび上がったかと思うと瞬く間に空に吸い込まれ王都の方向へ飛び立って行った。



・・・騎士団の家族の福利厚生のさらなる充実、そんな事でも良かったかもな。


頭では分かっていたけど、思いのほか騎士と魔獣の力量差が大きいような気がしたから万が一の為にも。


他業種でも命がけの仕事が無いわけでもないが、騎士が他と大きく違うのはこちらから率先して危険に飛び込んでいかなければならない事。

力持つ者の定めとは言え、魔獣との力量差を考えれば改めて少し思う所は有る。



まあ、あれこれ考えるより陛下に任せた方が良いような気はするのだけどね。



コルネンに戻って来た。


魔獣が出た事は住民たちに伝えられていたものの、騎士団が制圧する方法を事前に準備して出撃した事を伝えられていた、そして毎日順調に数頭ずつ魔獣が討伐されコルネンに運び込まれている事実が有った事で住民がパニックになる事は無く、いつも通りの生活を送っていたそうだ。


そして現在の凱旋である。

かなりぼろぼろの鎧をまとった騎士も居たが、当人が元気であったことも有り悲壮感は全くなく皆笑顔で市民に手を振っている。



そして俺は馬車の御者席に座り認識阻害全開だ。


ただでさえ目立つ俺のガタイは認識阻害無しでは確実に市民の目を引き、プライベートでも常に人の目に晒されてしまう。

そんな生活には多分耐えられないので勘弁してほしい。


でも・・・良かった。

この街が無事に今日と言う日を迎えられた事に安堵する。

俺でもこんな気持ちになるのだから領主様ともなればもうニコニコである。


「やあやあ!皆無事だ!一人も欠ける事無くここコルネンに戻って来たぞおお!!」


「「「「「おおおおおーーーーーー!」」」」」


領主様も騎士も市民も一体となって勝鬨を上げている。

そしてデデリさんは珍しくホッコリ微笑んでいるだけだ。


うん、気持ちは分かるよ。

けどまだ仕事が残ってるんだからさっさと進んでくださいよ。


しかし認識阻害の恩恵を受けている俺の言葉は誰の耳にも届かない。



自分で認識阻害を展開しておきながら疎外感を感じてしまうといった、傍から見ればかなり身勝手で理不尽な心境を胸に抑え込み、


「まあ・・・こんなのも良いか」


少しだけ上がった俺の口角を確認できる者は誰もおらず、その独り言も誰の耳にも届く事は無かった。



「貴方、その『認識阻害』だったかしら、もう少し使う頻度を減らしたら?」


え、何で?


自然にパレードになってしまった騎士団修練場までの道のりを歩き終え、御者席から降りてきた俺に対しパメラ嬢からのいきなりのダメ出し、それに逆に聞き返す。


「今気付いたけど貴方を認識できなくなるだけじゃなくて、存在そのものが世界に居ない事になってるわよ、多分」


何でも俺が認識阻害発動している最中は御者のいない馬車が普通に走る事にも疑問を抱かなかったらしい。


「そして解いた途端に貴方を思い出すのよ、正直怖いわ・・・世界に貴方が居ない、そんな事にも気付く事が出来なくなるなんて」




・・・確かに怖いな。


認識阻害を発動している最中に何かしらのトラブルで俺の命が絶えた時”誰も俺の事を覚えていない”そう言った事になるかもしれないのか。


そうなのかな?



今までは持つ能力、スキルの練度を上げる事が能力を上達させる一つの方法と思っていたし、それは間違いじゃないんだろう。


けどこれからはこの世界の人の枠からはみ出る様な理外の力は使い方を考えた方が良いのかもしれない・・・のか?



今は分からない。

でもこうして気にしてくれる人が要るのならまだまだ大丈夫、間違いない。

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