第360話 止めの一撃

「・・・という事で大規模討伐戦訓練は午後から行う。

以上、説明を終わる。

質問は無いか?無ければ30分後に単体討伐訓練再開だ」


そんなデデリさんの説明を皆と一緒に真面目に聞いている俺、クルトンです。




さっき打ち合わせした通り、これから今までと同じように5頭まで討伐完了した後に合計100名プラス俺とデデリさんとで対15頭大規模討伐訓練を行う。


まあ、俺たちは最初の5頭の討伐にもバックアップとして付き合うんだけどね。



同じ特性の魔獣を繰り返し討伐した成果だろう、当初1頭に3時間費やしていた時間も今や午前中の凡そ3時間で5頭の討伐が完了するまでに上達している。


今は大規模討伐戦訓練の午後まで少し時間が出来てしまったので、再度班分けの件で人員の調整を行っている様だ。


本来ならこんな時間は無いのだけど訓練だからね、トライandエラーが出来るのも今の内だ。



午後の訓練に対し、より安全性を高める為に若手を中心とした練度の低い騎士さんには武具へ俺が付与魔法の術式を刻む案も出たがベテラン勢からのダメ出しが入った。


刻印した付与術式のメンテナンスを継続出来るなら良いがそうでない人の方が多い。潤沢な予算が必要になる事も理由の一つだが、戦場で傷や歪みなどの理由で効果が消え、修繕する必要が出た場合に付与術師がその場に居る事は極々稀だ。

魔獣から守る為に付与術師への護衛に人員を割くのにも限度がある。


だから予め無くても良い様な戦い方、訓練を行わないと能力の底上げにならないと言う事らしい。


言ってる事はもっともだが・・・・自前ではあるがベテランさん達の殆どの人が付与術式を刻んだ武具を使用しているから「やりたきゃ自分で金出してやれ」って事なんだと思う。



力を付ければ解決する事だ、若手の方には今回のチャンスをものにして是非ともステップアップしてもらいたいものである。


年齢だけで言えば俺も若手なのだけれども。



「そら、接敵位置をもっと押し上げろ!!後ろに家族が居ると思え!」


「楯を下げるな、不用意に頭を出すな!本来なら首を持って行かれるぞ!!」


「ヒー!」


「足をやられた奴は引きずってでも直ぐに後退させろ!治癒師(クルトン)へ連れていけ!」



魔獣へかけた制約魔法で、首から上の攻撃を受けないにしても少しづつ被害は広がり、俺に運ばれてくる騎士の数も時間と共に増えてくる。


統率の取れた騎士100人相手とは言え、魔獣15匹の群れはすべての個体が有機的に意識が繋がってる様に恐ろしい程精密に・・・、そして容赦なく攻撃してくる。


1頭の個体から受ける攻撃でさえ、その1撃に15頭全ての質量がのっているのではないかと思われる程に重く、そして速かった。


魔獣も徐々に討伐されているが未だ騎士団の劣勢は変わらない。

デデリさんが直接攻撃に加われば形勢は逆転するだろうが、あくまでも訓練という事でかなり不利な場所にしか手助けしていない。


鬼畜の所業である。



こんなのを経験して感じるのは治癒魔法師は間違いなく魔獣討伐戦では騎士の生命線であるという事。


多分俺が治療していなければとっくに騎士側が殲滅させられてる。


全く、群れとなった魔獣の恐ろしさよ。



おっと、また1人運ばれてきた。

仕事、仕事っと。


そうして陽が沈み、ハウジングの明かりの中で戦闘を続ける事暫しの後・・・


「殲滅完了!!」


「「「「おおおおおーーーー!!!!」」」」」


デデリさんが戦闘終了を告げると歓声が上がり地面を揺らす。


ようやく終わった。


開始からザックリ7時間、ハウジング内は明るいもののその外側は既に真っ暗だ。


さっきの歓声の後、ドタドタと音がして再度周りを見渡すと皆糸の切れた人形の様にその場に崩れ落ちている。


流石にもう限界だったようだ。

いや、限界はとうに越えていたんだろう、セリシャール君もパメラ嬢も脇に魔獣が転がっているのも構わずにへたり込んでいる。


そんな中俺にデデリさんが近付いてきて「皆に治癒魔法をお願いできるか?」との問いかけ。


任せて下さい、いっぺんに済ませちゃいますよ。



王都で行った辻ヒーラーの時と同じように練った魔力を拡散させながら治癒魔法を行使、ハウジング内の皆の周りを練り歩く。



「あ?ああ、おおう・・・体が動く」


倒れた皆が起き上がりだした。




あともう少しと言う所で・・・やっぱりね、広範囲に拡散させながらの治癒魔法だと患者を選別しながらは無理だったからもしやとは思っていたが・・・。


向こう側、幸い騎士たちのいない場所に倒れていた魔獣も2頭、ムクリと起き上がってきた。

完全には討伐できていなかったか、やられたフリをしていたのか。

やられた”フリ”なら大問題だな、人間に襲い掛かる本能を押さえる知性が有るって事だろうから。


「マジかよ」

「幾らなんでももう無理だ」

それを見た騎士さん達が少しザワっとするが、直ぐに皆が俺に顔を向けてくる。



うん、分かってるよ。


ゲーム準拠だとプレイヤーが放つ治癒魔法は敵側に影響は与えなかったが、俺が特別意識しなかった事も有ったのか、この世界は自らに都合の良い理法を優先させたんだろう。

仕方ない事ではある。



俺は一旦治癒魔法を止め2頭の魔獣に対峙する。

時間は掛けない、いつも通りの全力・・・けど一度戦闘終了の宣言はなされたがまだ訓練中。


ちゃんとお家に帰るまでが訓練です。



なのでスキルは使わず持てる身体能力のみを使った、本当の意味での俺の全力を込めた一撃を放つ。


足の指先に力を籠め一気に間合いに入り込み、衝撃波で相手が吹き飛ぶ前にその横っ面に縦拳での右フックを撃ち抜く。

そのまま次の魔獣の目の前まで移動して、今度はさっき振りぬいた右腕の上を這うように左の掌底を真っ直ぐつき出すと、2頭共に頭部が消し飛び、2頭分の衝撃波とその音がタイムラグ無く一つとなってこの一帯に広がった。


”パパン!!”


幸いすぐ近くには騎士さん達は居なかったので衝撃波の影響は無いが、思いのほか巻き上がる土を押さえる為にハウジングで空気の動きを制御する。



「え、2頭を一撃?え、素手で?」



騎士の一人が呟くそれを、とりあえず聞こえないふりをして再度俺は治癒魔法を展開した。

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