第353話 お膳立て
スクエアバイソンの厩舎が火事場のような混乱だ。
そんな時でもお互いの導線を邪魔せず仕事を熟す厩務員さん達に感心している俺、クルトンです。
恐らく騎士団事務所、領主館も同じ様な状態だろう。
あれから予定通り帰って来たデデリさんが厩舎上空を通り過ぎようとしていたので、俺の投石で撃ち落とし捕まえた。
事務所に戻る前に話をしておきたかったから勘弁してほしい。
ちゃんと小範囲ではあるが展開したハウジングで地面に追突しない様、そっと着地させたし、治療もしたし。
細かい話は割愛したが、大規模な魔獣の巣がコルネン近くに発見され事情がかなり切迫している事を告げると、俺が石を投げた事なんかどこかに吹っ飛んで、
「ケルスに伝えてくる(ミリケルス・カンダル侯爵の愛称)。フォネルは騎士団の準備頼むぞ!」
そう言うな否や瞬く間に飛び立って行った。
俺も準備を続けよう。
丁度馬車はこの厩舎に置いていたから屋根から蛇革を下ろしムーシカ達を繋ぐ。
合わせて以前宿舎建設用に準備した木材の余剰分をスキルの力で全て”矢”に変えていく。
鏃は無いが今回はこれで何とかする、幸い魔獣単体での戦闘能力は最弱レベルだから。
捨て打ち分も含め完成した大量の矢を馬車内、屋根上にみっしり乗せてまずは準備完了。
俺はいつでも出発できる状態。
これで何ともならなければ、後はスキルと魔力のゴリ押しで何とかする。
前世のMMORPGでの俺のロールは『タンク』。
タゲ取りは得意じゃなかったが絶対に倒れない事で皆から一定の評価を得ていた。
その能力は俺の体に宿り、この世界に引き継がれている。
俺が立っている限り、即死でなければ皆の怪我はなんとでもする。
今回も力の出し惜しみはしない。
そうとなれば持てる力のすべてを解放し・・・、
解放し・・・?
まて、ここまで盛り上げてなんだが・・・、
いや、正真正銘ここ交易都市コルネンの存亡をかけた魔獣との戦争が始まる、そんな重大局面ではある事は間違いないんだが・・・、
・・・、
・・・、
・・・、
( ^ω^)・・・ハウジングで片付くんじゃね?
何なら瞬殺じゃね?
確かハウジング内はあらゆる物(者)が俺に紐づけされ支配下に置かれる。
その気になれば支配下の者達の行動、思考も誘導できる激ヤバな能力だったはずだ。
だからこそその使用については細心の注意を払って生物、特に人間に対しては極力干渉しない様にしてきた。
言い訳になるが、それでだろう。
あまりに多くの魔獣がいっぺんに発見されたものだから、心の動揺も相まって完全にその事に思いが廻らなかった。
・・・なんだかあれだけ波立ち荒ぶっていた心が落ち着いてきた。
正しく凪の状態だ、今なら悟りも開けそう。
「クルトン、俺らは先遣隊だ!気合い入れていくぞ、後からついてこい!!」
あ、デデリさんが赤い戦闘用の鞍を付けたポポに乗って上空を通過して行った。
やっぱりグリフォンは速いな、フォネルさんとクウネルはコルネンの護衛、戦力統率の為ここに残るんだろうな。
・・・さて、俺も行くか。
ふと緩んだ心が正気を取り戻す。
自分の行動が独り相撲であった事に気付いた時の様に、すっかり気が抜けてさっきまでの自分の慌てっぷりが滑稽にも思えたが、こんな状態が一番危ない。
改めて俺の気持ちに鞭を打って馬車の御者席に乗り込みムーシカ達に指示を出す。
向かうはデデリさんが飛び去った方向、魔獣の巣。
本来なら正しく死地となる場所だ。
そうだ、
忘れるな、思い上がるな、この力を持ち得たのはただの偶然。
力に溺れた傲慢な慢心って奴は、いとも容易く仲間の命を刈り取って行く。
そう、俺以外の弱き者から順番にだ。
お前はそれに耐えられるのか?
そんな慢心が原因で散っていく命を目の当たりにして、砕けない心を今のお前は持ち合わせているのか?
そうじゃないだろう?ならやる事は一つだけ。
「誰も死なせやしない、いつも通り・・・最初から全力だ」
・
・
・
現場に到着、先に到着していたデデリさんに追いつき、現状を聞く。
「今は何ともない・・・が、微かにだが満遍なくこの地面一帯を覆う魔力。
事情を知らん学者がここを発見したら『魔力だまり』だと喜び勇んで押しかけて来るだろうな」
ああ、大惨事ですね、そうなったら。
「完全に無駄死にだ。
学者で騎士並みの戦闘力を持ち合わせている者なんぞおらんからな。
居たとしても騎士が本職で趣味が研究って奴くらいだろうから」
ああ、熊の捕獲で協力を求められる麻酔資格を持った獣医のハンターって感覚かな。
つまりレアだという事ね。
「さて、来たは良いが皆が揃うまで監視するしかないか。下手につついて二人で迎え撃っても打ち漏らしたら面倒だ」
そうですね、でもこれ以上事が起きくならない様に細工はしておきましょうか。
認識阻害を発動し世界の狭間に身を置くと、巣の区画中心付近まで移動する。
ここで使うのは当然ハウジング、この区画一帯全てを俺の支配下に置く。
見た目は何も変わらないだろうが、ハウジングが展開されて53頭の魔獣の情報含めあらゆる物が俺に紐づけされる。
・・・うん、草の葉1枚残らず網羅した。
取りあえず暴走する事はこれで無くなった。
デデリさんの横に戻り認識阻害を解くと現状を伝える。
「・・・本当に今更なんだが。数は多いにしろ暴走前ならお前ひとりで何とでもなるんじゃないか?
一か所にまとまってるなら今使った『ハウジング』で」
あ、気付きました?実は俺もさっき気付いたばっかりで、すみません。
「謝る事じゃない。本来なら騎士の犠牲がどれだけになるか予測できない位絶望的な状態だったんだ。
有難う、感謝している。
しかし・・・そうだな、今回は事が事だし領主のカンダル侯爵も出張って来る。
安全な討伐を体験してもらうのに最適な環境になったんじゃないか?抑々こんなにまとまった魔獣になんぞお目にかかれんからな」
「見る前に死んじまうからな!ハッハッハッ!」と、ハウジングの件に気が付いてからはさっき迄の厳しい表情が幾分和らぎ、笑いも出てきた。
まあ、油断はしないがハウジングのお陰で稀に見る好条件が目の前にお膳立てされている状態、それは間違いない。
そうだな・・・ならクルトンプロデュースのパワーレベリング大会でも開催するか。
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