第350話 【軌跡】狼の足跡3
僕の名は『夜風』。
王家の耳、目としての組織、『草』の一員。
ちゃんと名前はあるよ。でも仕事をする時の僕は夜風。
仕事の時は魔法で顔も声も変えている、いや、これホント大変なんですよ。
元々魔力量が多い方ではないのでこの維持だけでいっぱいいっぱい。
だから魔法を使った仕事や、身体強化必須の潜入任務なんてのは無理なので僕の仕事はもっぱら皆のサポート、裏方の裏方として働いている。
本当になんでこんな僕がこの仕事にスカウトされたんだろう。
でも不満は殆ど無い、ちゃんと休みもあるし給金も同年代より結構多い。
機密保持の為に誓約魔法を受け入れて行動が制限されているから、許可が無いと王都から出る事も出来ないし故郷への帰省も煩雑な手続きをしなければ無理、手紙も検閲が入るからちょっと不便ではあるけど仕方がない。
女性と付き合う時も身辺調査があるのはちょっと厳しいけど仕事の都合上諦めてる。
そのせいもあるんだろう、職場結婚多いんだよね、ここ。
でも、それなりの金額を両親に仕送りする事も出来るから、本当に有難い事なんだと思うよ。
さてさて、今日の仕事は・・・。
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「夜風、お前は『共感』の技能持ちだったな?一度これを試してみてくれ。
使い心地に問題が有れば改良を依頼するから取りあえず使用毎に報告書を提出するように」
ん?
上長の『凹み』からの指令だ。
因みにうちの組織では役職に関わらずお互い呼び捨てだ。
緊急時に敬称なんて使ってらんないからね、迅速で正確な情報伝達が一番求められている事だから。
それで今回渡されたのはムカデ?のおもちゃと透明な板。
何だコレ?
「その板は受信機であり操作機、ムカデ型のゴーレムは端末装置・・・だそうだ。
これから使用方法を教える、まずは・・・」
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ヤベェ、これは凄いよ。
試してみたけどこんなに鮮明に声を拾えるなんてどうしたものか。
しかも魔法の干渉を受けずに直線距離で凡そ200m、これだけ離れていてもゴーレムの操作ができる。
すげえ、マジすげえ。
練習の後に治癒魔法協会へゴーレムを潜入させたら何の苦労も無く最深部まで到達して音声情報(会話)を引っこ抜く事が出来た、簡単すぎだろこれ!
録音も可能で、操作機一つでゴーレム2基を制御出来て、もし鹵獲されても自己溶解機能付きで証拠が残らない。
ホント誰よ、こんなの作ったの。
きっと天才の変態だろ!
「おい!その暴言は看過できんぞ。
これの発案、開発、製作者は当代の『魔獣殺しの英雄』殿だ、あの”腕輪”を実用化させた救国の英雄だぞ。
知らなかった事とは言え、彼への暴言はタリシニセリアンへのそれと同一視される。以後気を付ける様に」
はひっ!承知しましたでございます!
やべぇ、こっちもとんでも無かったよ。
何なんだよあの人、こんな物拵えるくせに魔獣の単独討伐、しかも複数体いっぺんに討伐した事も有るって言うじゃないか。
本当に英雄殿は一人だけなのか疑いたくなる。
実は『インビジブルウルフ』ってのは個人の称号じゃなくて僕たちの様な組織、その名称なんじゃないか?
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そう疑ってた時もありました、大変申し訳御座いません。
だから許してください。
『キャー!』
『ヘアァーー!』
『た、たすけてくれぇぇ・・・』
『来訪者様、なにとぞ・・・なにとぞ』
音声だけなのに『共感』の技能のお陰でその景色が僕の目の前に見える。
拾っていた音声から感じられるその切迫した状況から、つい待機場所の宿屋の二階から窓を開け治癒魔法協会建屋を見てしまう。
「浮いてる・・・」
事務所での会話、その後も操作機から流れてくる会話の内容から間違いなく『インビジブルウルフ卿』が単独でこの騒動を起こしている。
ああ、恐ろしい・・・。
僕の技能『共感』で物音、音声からその現場、今の状況が正確に脳裏に投影される。
冷静に確実に獲物を追い込む狩人、そして生態系の頂点に君臨する捕食者。
僕の脳裏に投影されたそれは、ゆっくり獲物に向かいドアノブを握る靄の様に白く揺らいでいる人狼。
正しく『不可視の巨狼』のそれだった。
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