第349話 予兆

早朝、陽が出る直前の自宅前。

荷物の準備も済んで馬車の御者席にスタンバイしている俺、クルトンです。


テホア、イニマと狼達も馬車の中、屋根には鞣した大蛇の革を括り付けている。

二つの頭部はスペースの都合で持って行く事が出来なかったので村で活用してほしいとお願いしたらはく製にするとの事だった。

有難い、とても有益な資料になると思う。

捨てるのももったいなかったし、改めて有難い。




見送りには家族の他に村長たち村の役員も来てくれていた。


「あと少し、気を抜くんじゃないぞ」

うん、最後に足元をすくわれないよう気を付けるよ。


「御面倒をお掛けした皆さんには、くれぐれもよろしく言っておいてね」

はは、母さんもそんなに心配しなくても大丈夫だよ、分かってるって。


「兄さん、早く帰って来てね」

「「いってらっしゃい!」」

ああ、直ぐ帰って来るよ、段取りは済んでるからね。



「クルトン、入植者の家族の件よろしく頼むぞ」

村長さんもテヒニカさん達には期待している様だ。

子供たちがいる若い家族だから尚更。うん分かるよ、その気持ち。


現在一線で活躍している開拓村の村民たちも何れ次世代との交代、引退しないといけない。

そんな時、そもそもバトンを渡す若い世代が居ないと衰退するだけだ。

こんな辺境だからこそ人口の増加は重要な課題、死活問題だから。


「じゃあ行ってきます」

一言告げると馬車を動かし振り返る事無くそのまま村を出る。


次に帰ってくる時は出稼ぎが完全に終わってから。

お土産の準備をしないとな、開拓に役立つ者が良いだろう。


今日1日、コルネンに到着するまで考えてみよう。



「クルトン、さっきから何を考えているの?」


パメラ嬢からの問いに答える。

あ、ええ。開拓の役に立つ物って何かなと思いまして。

故郷に戻るまで準備しておいた方が良いなと。やっぱり家畜でしょうか、それとも犂とかの農機具ですかね。

村で共同で使っているのもそこそこ古くなってたようだし・・・両方か。


さっきから話しかけられていたのに生返事だったから、ちょっと心配してくれたみたいだ。


「そうねぇ、その辺は私も専門外だからコルネンに帰ったらシャールにでも聞いてみれば?

開拓の専門家を紹介してくれるかもよ」


なるほど、有難う御座います。

帰ったら早速聞いてみます。


ってかよくよく考えてみるとそんな人が居るのか、開拓の専門家なんて。

「通常は土木関連事業の場数を踏んだ役人の事を言うわね」

なるほど。



しかし馬車もそこそこ速度出ているのに併走しているマーシカの鞍の上から普通に会話して来るパメラ嬢。

何気に凄いよな、鞍に腰を落とさずに競馬のジョッキーみたいに中腰体制でずっといるのに息も全然乱れないし風に声がかき消される事も無く良く通る。


戦場で号令掛けるのに重宝するだろうね。

こういったのも才能なんだろうな。



殆ど上下に揺れないスレイプニル独特の走り方、乗り心地が有るにせよ、この速度でキツイ姿勢を保ったまま、これだけの長時間の乗馬を苦もなく熟すのはやはり加護持ちの身体能力の高さゆえだろう。



うん、これなら比較的陽が高いうちにコルネンに到着するかもしれない。

油断はしないがそう気張らなくても良いだろう。



街道を進み大麦村を越えるころ、遠くにだがこんもりしたスクエアバイソンが見える、警邏業務の最中の様だ。


「へえ、こんなとこまで来るんだな」


「珍しいわね、野営訓練でもするのかしら」



今のところスクエアバイソンの巡回範囲は1日で往復出来る所までだ。

”1日で”とは言ったがその日のうちにブラッシングとか飼葉を与えたりの世話が有るのでせいぜい16時頃、陽が短い季節は15時頃になるまでには厩舎に戻るみたい。

その分朝は早いんだけど。



ここからだとスクエアバイソンの足だと時間内に戻るのはきつそうだからパメラ嬢の言う通り野営を兼ねた訓練でもしているのかもしれない。


「・・・何か動きが変ね。ちょっと見て来るわ」

そう言うな否やマーシカに指示を出し、スクエアバイソンに向かっていきなりトップスピードで駆け出すパメラ嬢。


みるみるマーシカの影は小さくなり・・・スクエアバイソンと合流した様だ。

あ、降りてなんかしてる、剣抜いてるな・・・。



向こうで15分程度とどまった後パメラ嬢がスクエアバイソンと一緒にこちらに向かってくる。


草原ではあるが街道のように平らな道の無い地面をものともせずどんどん近付いて来る。

やっぱりポンデ石切り場固有種のスクエアバイソンは凄いな。





程なくしてこちらに到着し、向こうでの出来事を説明してくれた。


「魔獣だったわ」

スクエアバイソンの胴体の横に括り付けられているネズミの様な、それでいてロバ程度の大きさの魔獣(1頭)を指さしてパメラ嬢が俺に伝えてくれる。



「ごきげんよう!インビジブルウルフ卿。

いやあ、助かりました。姫様のご助力で一瞬でしたよ」

3人の騎士さんが櫓の上から顔を出し、そのうち1人の騎士さんが櫓から降りながら説明を補足してくる。


「何言ってるのよ、もう貴方たちが弱らせていたからじゃない。

もう死に体だったわよ。

かえってすまなかったわね、私が止めを刺してしまって」


どちらも相手を立てて気を使った言い回し、どちらの言い分も正しい事は分かる。

討伐に問題は無かったんだろうが、パメラ嬢が助太刀した事で一気に片が付いたんだろう。



「まさか魔獣が人に背を向けるとは思いませんでした、索敵で追い詰めてやっと仕留めたところですよ。

いやぁ、姫様にご助力いただき本当に助かりました、取り逃がしたら事ですからな」


「私たちはこのままコルネンに向かうわ、この事は先に騎士団に伝えておきます。

貴方たち今日は野営でしょう?気を付けてね」


「お心遣い痛み入ります。

なあに、野営と言っても今晩の飯は魔獣ですからな、今から楽しみです」



「それなら」と魔獣に触れ血抜きの魔法で肉を処理し、調味料として俺特性のハーブ塩を渡す。


「ほほう!これはこれは」

受け取ったハーブ塩をペロっと舐めて嬉しそうに笑う騎士さん。


存分に魔獣の肉を楽しんでください、酒は無いですけど果実水もどうぞ。


「有難う御座います、仲間とゆっくり戴きます。楽しみが増えました」



その後、パメラ嬢が先行して状況を報告するにあたり凡その内容を聞いた後、俺たちはコルネンに向けて馬車を走らせる。


馬車の中では狼達を撫でながらテホア、イニマが「おっきかったねぇ」とさっきの魔獣の感想を言い合っている。


魔獣を見ても危機感を感じなくなる様ではまずいな、この辺も正しく教育しないと。



「けど変よね、人に背を向ける魔獣なんて・・・色々予測が付かない変化が始まっているのかしら」


確かに。

今回の魔獣もその格で言えば最低ランクの様だが、そもそも人を認識した時点で狂ったように向かってくるのが魔獣の習性だったはずだ。


古代の兵器として人殺しの本能が擦り込まれている獣、それが魔獣。


何だろう、ここに来て何か変化する必要が出てきたのか?

兵器として、より環境に適応しだしたのか?



さらに魔獣が手に負えなくなっていく、そんな前兆でない事を願うばかりだが・・・、しかしそんな甘い希望は持たない。


最悪を想定して準備を進めないと。

デデリさん達も巻き込んで相談しないとな。



「私も忘れないで。魔獣を屠る精霊の系譜に連なる者、それが私たちなのだから」


全く、こんな時は頼もしいな。

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