第340話 緑の大蛇

認識阻害を発動させているものの、出来るだけ他の物質に影響を与えない様に獲物に向かっている俺、クルトンです。



隠れる様な動作も必要としないこの認識阻害は狩りではチート中のチート。

獲物の目の前に立ちふさがっても気付かれないんだもんな、理不尽な能力だ。


ゆっくりと、でも一般人からしたら僅かな時間で凡そ1kmの距離を移動し、獲物を俯瞰できる間合いに入る。



確認したその獲物は・・・確かにデカい。

4頭の水牛をその長い体でぐるっと囲み、徐々にその輪を狭め追い込んでいる。

目算でだが25m近いんじゃなかろうか。


当然太さもハンパない、あれのほぼすべてが筋肉なのか・・・あんなのに襲われたら水牛でも抗えないな。

巻きつかれたら即終了だ。



でも・・・、不思議なもんだな、前世の俺なら恐怖で確実に気絶してもおかしくない程の巨大な蛇、そして絶望的な状況なのに、今の俺の心は初めて見るこの美しい蛇に釘づけになっている。


その大蛇の鱗はクレヨンの様な濃い真緑で。油のヌメリに似た艶が光を反射している。


皮を鞣したら何を作ろうかな・・・いや、飾っておくだけでも良い感じもする、これだけ美しい鱗なら。



しかし保護色にしては強烈な緑色でこれ程大きい蛇なのに気付いていないのか水牛は怯えてばかりで動けないでいる。


更に1頭犠牲は出るかもしれないが全力で飛び越せば逃げれそうなものなんだが、何か有るのか?

この大蛇が精神干渉系のスキル持ちで水牛たちを竦ませているとか?



あり得ない事では無いが、だとしたら尚更厄介だ。

村にも近いし早々に狩ってしまおう。




右手に持ったナイフを逆手に握り直し大蛇の頭の場所を探す・・・あった、あそこだ。

軽自動車より大きい頭にスッと近づき首?との境目付近、人で言えば頚椎の部位にナイフを沈め横に裂く。


ナイフは何の抵抗も感じることなく鱗を裂いてコリッと骨を断つと、大蛇の長い体が一瞬震える。

その直後、直ぐにナイフを抜こうとしたが俺にほど近い場所の体が不自然に大きく跳ねると何かが飛び出してきた。



「おおう!!」


いまだ認識阻害の影響下に居る俺をとらえる事はできないはずだが、痛みを感じたであろう付近に敵がいると感づいて反射的に動いたんだろう、大きく開いた大蛇の顎が俺に迫って来た。



コイツ双頭かよ!?


巨大な頭がぶち当たるだけでも相当な衝撃だろう。試してみたくもあるがわざわざリスクのある行動をとる理由もない、俺は無事に故郷に帰りたいんだ。


「どっせいぃぃ!!」

左側に捌いて俺の真正面に大蛇の頭を迎え入れると、右肘を引き『貫手』を構え獲物の目の後ろ付近、側頭部目掛け打ち込む。


放った貫手は大蛇の頭に肩まで埋まり、確認するまでも無く即絶命した。



仕留めた後は大蛇のプレッシャーから解放された水牛たちがパニックになった様に慌てて逃げ出していったが・・・離れたところで立ち止まりこちらの様子を伺っている。


・・・分かったよ、間に合わなくても俺を恨むなよ。


水の魔法で腕を洗いナイフを大蛇の首筋から抜くと、今度は大蛇の腹、子牛を飲み込んだ胃袋の場所を探しそこにナイフを入れる。

内容物に傷をつけない様に逆包丁の要領で丁寧に割いて子牛を取りだすとまだ息が有った。


でも、もう死んだも同然の状態。

身体は消化液に侵され火傷のようになっていて足も一本折れているみたい。


アバラも折れている、何本か体を突き破りその影響だろう、内臓も傷ついている様だ。


いつの間にか近づいてきて子牛を覗き込む水牛たちとパメラ嬢。



・・・なんでパリメーラ姫様がいるんですか?

2人の護衛は?


「大丈夫、ちゃんと馬車ごと連れてきたわ」


いやいやいや、わけ分からん。

勘弁してください、貴方も脳みそきんに君ですか。



「それよりどうするのよ、この子」

うーん、これはどうにもならない自然の摂理、可愛そうですがこのままにしまsy・・・

「かわいそう・・・」

「かわいそ・・・」


ほらぁ・・・子供達には自然の摂理とか関係ないんですからこうもなりますよ。

逆に聞きますけどどうしたいんですか?


「何とかできるんでしょ?」


やってみないと分かりません。


目を合わせない様にそう答える俺。

「なら・・・、やってみれば良いじゃない」


えええええ・・・。

でもポムとプルは逆にこれがご飯になるんじゃないかと思ってるみたいですよ。


馬車の近くでお座りして待っているが尻尾の振り方が尋常じゃない、風が巻起こりそうなくらい。

こっちもどうするんですか?



「ポム達には諦めてもらいましょう、私が責任を持つわ」

どうやって?・・・はぁー、仕方ないですね。上手くいかなくても俺を責めないでくださいよ。


俺はレイニーさん以来の規模の回復魔法を行使する為に魔力を練り始める。

やるからには全力を尽くすが、この俺の所業が世界の理法の一つとして定着してしまうんじゃないかと心配なんだよ。


死に落ちてゆく命を掬い上げる、それで不幸な人々が救われる事は間違いなくあるだろう。

でも健全な理法の構築に悪影響を与えやしないか・・・いや、『健全な理法』なんてものも俺の先入観、思い込み、前世からの常識に縛られた概念なのか。


そうだね、取りあえずやってみようか。



あれからハウジングとスキルの力をフルに発揮して大蛇を解体、皮を鞣して可食部を切り分ける。


蛇には寄生虫が結構いるから呪殺の魔法と雷撃の魔法で死滅させた。

それに加えて調理方法は過熱一択、これでもかと十分に火を通してから食べないと本当に危ないのよ。


テホアとイニマにも蛇の解体、調理についてしっかり教育する。

狩人の大事な知識の一つだ。


蛇の骨は割と数が多くて大きい、だから割合で見れば可食部は意外と少ない。

でもここまで巨大な獲物となればそれなりに確保できるわけで。


つまりこのままでは全部は持って行けないんだよな。



だから村の皆に手伝いをお願いして、ここに来てもらう為にパメラ嬢は先に開拓村に向かっている。




パメラ嬢は精霊の加護持ちで侯爵令嬢だから、村の人達が委縮してちゃんと意図した通り行動してくれるかちょっと心配していたけど杞憂だったみたいだ。


ほら、

見渡せるところ一面、クローバーとシロツメクサが広がるこの草原の向こうに、

マーシカに乗ったパメラ嬢が村の皆を引き連れてやって来た。

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