第337話 目出し帽

一通り目標は達成できた、なかなかの成果だと思う。

あの後、今後の連絡方法について相談してお暇し、セリシャール君と合流した俺、クルトンです。



「それでいかがでしたか?その様子だと悪い話しにはなっていないようですが」

セリシャール君とシンシア、そして俺が侯爵家が用意してくれた馬車に乗りマルケパン工房に移動している最中です。


事の成り行きをセリシャール君に説明する。


「とりあえず今の生活に影響を及ぼさない範囲で協力してもらえる約束を取り付けました。

なので侯爵家も彼の事を調査するんでしょうが迷惑かけない様に細心の注意を払って事を運んでください。

『卑怯者』の汚名を背負ってでも守らなければならない大切な人が彼にはいるのです、今後の対応によっては最悪コルネンからも逃げ出すかもしれません」



「・・・分かりました、父上にはその件は特に強く伝えます。」


あと他の3人にもオズドラさんから話をしてくれるそうです。

此方は返事待ちですから動くのはその後ですね。



「いずれにせよシンシアを合わせればここコルネンに治癒魔法師が5人も居る事になるのですか・・・。

はあ、父上の話ではありませんが協会からのちょっかいなどこちらで対処したのですけどね・・・頼ってもらえなかった様で、まだまだ我が家も精進が足りませんね、ハハハハ・・・」

シンシアが少し心配した様にセリシャール君に寄り添う。


これは仕方ないと思うよ。

幾ら治癒魔法師が稀有な存在だからと言って領主が守るべきは領民ですからね。

オズドラさんからの話だと戸籍を変更すると手続きでバレるからそのままにしているそうだし。


つまり彼らはここカンダル侯爵領の領民じゃないんですから。

何か有ったらいい様に使われて切り捨てられても仕方ない、そんな疑念も有ったと思いますよ。

そうならない為の自衛手段みたいなもんでしょう。


「まずこの件はここまでです、返事を待ちましょう。

連絡はマルケパン工房にお願いしましたから連絡着たらシンシアと一緒に領主様にも説明の為に伺いますので」



そう俺が言ったところで丁度マルケパン工房に到着した。

馬車を降り、お別れをすると家の扉に向かい歩いて行く。


さて、これからシンシアの婚約の件で色々聞かれるんだろうから気持ちを切り替えないと、めでたい話しなんだから伯父さん達も興味津々だろう。


そうだ、領主様の祝賀会への招待の話もしておかないとな。

事前準備も必要になるから、招待状が突然やってきたらパニックなるだろうしね。



1週間程だろうか、あの後思いのほか早くオズドラさんから連絡が来た。

受け取ってくれた伯父さんから手紙をもらい、中を確認すると他の3人の治癒魔法師も協力には前向きな様だ。


ただしオズドラさんと同じく今の生活に影響がない事が条件との事だったのでその辺は想定していた範囲内、多分問題ない。


領主様に報告しないとな。




そうなると本格的に始動するにあたり変装用のマスク(変声機能付き)を人数分作らないといけない。


変装用マスクで材料となると真っ先にゴムの様な伸縮する素材を思い浮かべる。

この世界にもゴムは有るが、前世と違い石油由来の物では無く、天然ゴムの為流通量が結構少ない。


耐候性を増す為の添加物も無いから特性が安定しないし、先に話した通り流通量が少ないので入手できたとしてもそこから足が付いてオズドラさん達にたどり着かれでもしたら約束が守れなくなる。


マスクが劣化する度に珍しい素材のゴムで作り直していたら「なんであそこは定期的にゴムなんか買うんだ?」ってな事からバレるとも限らないし。



『情報』を商品として扱う人たちは特にこの手の商品、物流の変化に敏感だから悟られない様に慎重すぎる位が丁度良い。




なのでシルクを使って目出し帽を作ります。

「ここ宝飾工房なんだけどな」


カサンドラ宝飾工房で間借りしている俺の作業場での製作。

親方からのツッコミも無視します。


実際スキル任せなのでさほど難しい事はありません。

この国の人達の肌に似せた褐色とまではいきませんが、かなり濃い目に煮だした紅茶で生地を染め、裁断。

チクチク縫い合わせるだけです。


一応首下でキュっと絞って簡単に脱げない様に巾着上に紐を通してある位。

マジもんのマスクみたいに後頭部で編み上げるのは面倒なので。


形は完成したので額を中心に鉢巻状に付与魔法を刺繍して行きます。

スキル頼みとは言えそれなりに面倒ではあります。


金属に彫り込む時に使うレーザー加工機の魔法、これ相当する便利な魔法は無いので今のところ手作業です。


刺繍機能付きミシンでも作れないかな。



俺のぶっと指でチマチマ縫う姿は、熊が玉ねぎを剝いている様だと様子を見に来たシャーレ、ルーペ両ご婦人たちにクスクス笑われてしまいました。



そんなこんなで刺繍も2時間くらいで完成。

さて、試してみましょうか。



「こんだけの付与魔法陣の刺繍を2時間って・・・鎧のインナーにもお前の付与魔法施したらどんだけになるんだろうなぁ」


まあまあ、それは良いとして親方、これ被って魔力通してみてください。

あと、両ご婦人方にも見てもらって感想聞かせてください。



「そんじゃ試してみるか」とシルクで作った目出し帽を被る親方。

身長は特に高くはないが中々の筋肉量で体が分厚いもんだから、往年のプロレスラーであるデス〇ロイヤーを思わせる風貌、懐かしい。


「それで魔力だったな・・・どこに流すんだ?」


ああ、そうか。

一般人だと殆どの人が肘から指先の範囲で魔力を放出するんだった。


俺や魔法使いの様に体の任意の場所、又は全体から放出する訓練は受けてないんだったな。


なら額の刺繍に触れてそこから流してください。



「この辺か、・・・どうだ?」


一瞬刺繍の付与魔法陣が微かに煌めき、時空が揺らぐ様に目出し帽の容貌が人の顔に覆われると、

「あら!」

「へぇ!」

とシャーレ、ルーペ両ご婦人たちから声が上がる。



「ん?どうなってんだ。鏡・・・鏡はないか?」

お、ちゃんと声も変わっているな、良い感じだ。


作業台の上に置いてたバッグをゴソゴソ漁り、取り出した鏡をスッと親方に渡す俺。

ガラスと銀で作った俺謹製の自信作の鏡ですよ、歪みもほとんどありません。

光の魔法もほぼ100%反射しますから良く見えるはずです。


それを受け取った親方。


「なんじゃこりゃー!!」

と変声された激渋バリトンボイスが響き渡る。


若い頃はこんな顔だったんだろう。

其処には皴もたるみも無い、瞼もしっかり開いた若々しい姿の親方の顔が有った。



でもそれだけじゃ詰まらないじゃん?

だから髪型は特大のアフロに設定した(笑)

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