第336話 偽名
取りあえず話を進める俺、クルトンです。
奥様の治療の件はオズドラさん自身に何か手ごたえが有った様で、まだ効果も確認できていないのにお礼を言われた。
この辺はその人の経験から来る直感、感覚によるものだろうから「いえいえ、どういたしまして」と無難な言葉を返す。
「だいぶ話が遠回りしたが、まあ協会との確執から私が王都を離れる決断をした時に、妻の治療の継続を条件に実家から援助してもらったって事なんだよ。
お陰で同志の生活も何とか軌道に乗せる事が出来た。
とても助かったよ、今でも感謝している」
ほうほう、なるほど。
奥様にとっては何とも言えませんがオズドラさんからしたら幸運な事だったんでしょうね。
「ああ、だからね、今のこの生活を乱さないでほしい。
これが条件だよ」
気持ちは良く分かる、でもこの条件は意外と難しい。
多分積極的に表舞台に出なくても『治癒魔法師』と言うだけで直ぐにコルネン内に情報は拡散してしまうだろう、つまり王都にもだ。
これは他の3名の治癒魔法師も同様に言えることだ。
なんたって貴族より希少な治癒魔法師だからね。
力ある者が『正しく力を揮わない』、『弱者が助けを求めているのにそれに応えない』と言った行動は卑怯者と呼ばれ軽蔑される。
つまりオズドラさんが治癒魔法師である事をカミングアウトした時点でそれ相応の働き、責任を負う事を世間から求められる。
そう、市井の人達はオズドラさんを力持つ者として崇め、畏敬の念を持って接するだろうが責任も求めてくるんだよ。
だからこの時点で『今のこの生活を乱さない』と言う条件は守れるか微妙だ。
いや、まず無理だろうな、間違いなく担ぎ上げられる。
因みに極力面倒事に関わりたくない俺が、世間から『卑怯者』と言われないのは認識阻害のお陰で未だ実在する人物か疑っている人が多い事と、恐らく俺にしかできなかったであろう高難易度の問題を解決してきた実績が有るからだと思う。
まあ、それでもソフィー様とパメラ嬢からは度々お小言を頂戴するのだけども。
情報を公開した時点で自分の生活の為に市井との関りを拒絶すれば、
へ理屈や自己中心的な良い訳、その歪んた論理を巧みに操って責任を逃れてきた現在の治癒魔法協会と同じレベルに堕ちてしまう事になりかねない。
恐らく世間からそう見られても反論できないだろうね。
「痛いところを付いて来るね、君の言う通りだよ。
それでも・・・、私が忌諱したあの頃の治癒魔法協会と同じ行いだと、世間から『卑怯者』と罵られても今は妻との生活を優先させたいんだ」
隣の奥さん眉間にしわを寄せながら”ポッ”と赤くなってる。
自分への愛の表明と、一般常識との狭間で現れた表情なんだろうな。
もう、勝手に幸せになれば良いのに!
冗談はともかく、どうしたもんか。
”クイクイ”
シンシアが俺の服を引っ張って来る。
ん、なに?
「クルトンさんは幻影の付与魔法も使えるんだから顔と名前を別人にして活動してもらえればいいと思うの。
出来るんでしょう?付与魔法で」
・・・出来るね、そうだね。
ル〇ン三世張りに変装出来るね、何なら声も変えれるね。
・・・とりあえずこれで問題解決じゃね?
奥様との時間を確保する為に活動時間は最初から決めておけばいい事だし、その辺は運用でカバーできるね。
どうでしょう、別人として時間を限定してでも構わないので協力頂けないでしょうか。
少し考えた後、
「ああ、それなら構わないよ」
と肯定の返事をもらう。
「そうか、私はもう一つ名前を持たないといけなくなるのか、使い分けれるか心配だな」
その辺は自己責任で何とかお願い致しますです、ハイ。
しかし・・・この国の戸籍の管理はかなり厳格なはずだが今まで偽名で生活して問題無かったのかな、特別な事情が無ければ戸籍の偽装はかなり重い罪になるはずだけど。
特別な事情なら戸籍、住所の変更申請時に領主様が直々に承認するから治癒魔法師が自領に居る事を知らないのはおかしい。
「偽装なんてしていないよ、『オズドラ』は今でも王都に住所が有って治癒魔法師さ。
君の目の前にいる『サマラン』はシェレティマの内縁の夫だよ(笑)」
「だから息子も戸籍上保護者は私ではなく妻のシェレティマになっているのさ」
そうなのね、戸籍上は結婚した事になっていないんだね。
罪には・・・ならないのか。俺、法律詳しくないけどこれも有罪寄りの無罪って感じだな。
取りあえずは何とかなりそうだ、であれば・・・。
「残り3名との顔繫ぎにご協力頂きたいのですけど、お願いできませんでしょうか」
取りあえず仕事をぶん投げてみる。
「うん、話をするのは問題ない、協力させてもらうよ。
でも本人たちの都合も有るから結果がどうなっても静かに暮らしていける様に気を使ってやってほしい。
私が言うのも何だが3人とも治癒魔法師に誇りを持っていた者達ばかりなんだ。
20年間、身を隠す為に目の前にいる患者に手を差し伸べる事が出来なかったもどかしさは・・・、君が思う以上に悔恨の情に駆られているんだよ。
だから会った時には責めないでやってくれないか」
ええ、分かりました。
もとより俺に彼らを責めるつもりも、資格もありませんから。
治癒魔法師としての実績もプライドも捨ててきた人達だ。
その覚悟は俺が推し量れるほど単純な物でもないだろうが、決して軽いものではなかったであろう、そのへんは理解できる。
多分だけど兵器としての人工生命体である精霊を半身に宿すこの世界の人類は、自らに課せられた宿命と言ってもよい任務、公共の福祉の為に殉ずる事は誉で有ると遺伝子レベルで刻まれている。
その特性を利用する様で心苦しいが、幸運にも治癒魔法師としての力を得る事が出来た3人は、俺が彼らに誠意を表明して新たに立ち上げ様としている団体が世の利益になる事業である事を理解してもらえれば、間接的にでも協力はしてくれると思う。
まずは俺が誠実な振る舞いを心がけて彼らに接していこう、そこが起点でありゴールに通じる道の唯一のスタート地点なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます