第333話 都会の隠者

凡そ一週間の準備期間を経てまずは1人目、オズドラさんの所に徒歩で向かっている俺、クルトンです。



パルトさん情報ではオズドラさんは男性で現在70歳ちょっと手前の年齢・・・らしい。

紹介された4人の中では治癒魔法協会に一番反発していた人との事。


オズドラさんは治癒魔法協会に在籍中、他の3人のいずれの人とも付き合いが有って一番最初にこの人との接触、説得に成功すれば、他の人との関係も悪い事にはならないだろうとのパルトさんからのアドバイスを信じての訪問である。


でも正直心配でもある。

100年を超える寿命を持つ新人類とは言え、20年と言う年月は人が変わっていくのに十分な時間だ。

治癒魔法師や世間に絶望し、俺の話その物を拒絶するような事にならなければ良いなと、それが杞憂に終わってくれよと今も頭の中で思考がグルグル回っている。


あまりいい状態じゃないな、俺が。


しかし脇に居るシンシアに心配かけてしまうのも本意ではない。

いつも通り気楽にやろう。


・・・けどシンシアの脇に付いて来ているペスとオベラ。

お前たちなんでいるの?



貿易都市コルネンのほぼ中心、そこから少し離れた所にある閑静な住宅街を歩いている。


住宅街と言っても2階建ての長屋の様な住居が整然と並んでいる場所なのだが、立地条件がすこぶる良いので役人クラスの稼ぎが無いとこの区画で生活する事は出来ない、そんな場所だ。


市場も行政施設も近いからだろう、衛兵詰所も目と鼻の先にある。

通りは広く乗合馬車の停留所もあるし適度に風も流れるのに強風で砂が巻き上げられる事もほぼ無いから共同の庭に大量の洗濯物が無造作にたなびいている。

そしてなんといっても都市の中心に近いので魔獣からの脅威が相対的に小さい場所・・・と、されている。


うん、ええところやね。

住むならとても便利な所だと思う。


まあ、お金が有ればだけど。



そんなハイソな場所にほど近い一軒家。

こじんまりしてはいるがさっきの集合住宅じゃなくて小さいながらもちゃんとした庭付きの一軒家、その前に到着し門についている鐘を鳴らす。



”コロン、コロローン”と球が鐘の中を遊ぶ音が優しく響き、暫くして玄関の扉から初老の女性が顔を出してくる。


「はい、どちら様でしょうか?」


「騎士のクルトン・インビジブルウルフと申します。

此方にお住いのサマラン様(コルネンではこの名前を名乗っていた)に用事が有りましてお邪魔しました」


中にいる事は索敵で確認済みだ。

けど「御在宅ですよね?」なんて言ったら警戒されそうだから、会話の主導権はあえて向こうに渡しておく。



軽く眉をひそめた女性は「少々お待ちください」と告げ、中に戻って行く。

まあ、今日が駄目でも伝えたい内容を記した手紙は準備してある、読んでくれるかは分からないが本人に渡してもらえるようお願いしよう。



さほど待つことも無く今度は男性が顔を出し「どうぞ中に」と俺たちを迎え入れてくれた。



・・・俺の名前が効いたのか?

気を使ってくれているのか、直接俺の名前が語られることはまずないがコルネンの飲み屋では俺は有名人らしい。


一人で飯を食っていると、「あちらのお客様からです」とか頼んでも無いのにマスターから勝手にエールを出される事が結構ある。


どっかのバーかよ。


皆が言うには、それくらい「コルネンで食う飯が旨くなった」と感謝してくれているんだそうな。いや、嬉しいけどね、でもそんな気を遣わなくても良いんですよ。



なので俺を見た事無くても男性であれば割と”インビジブルウルフ”の名は知っていたりする。

それが影響したのかな?


リビングだろうか、テーブルに6脚の椅子が有る部屋に通されお茶を出される。

何故かぺスとオベラも一緒だ。


そして目立たない様に今日は私服姿のセリシャール君と技能持ちの騎士さん達4名が外で張り込んでいる。

目立たない様に?・・・私服でも、色が地味でも仕立てが良すぎて周りから浮いてるよね、セリシャール君たち。



そんな事はおくびにも出さずまずは挨拶、コレ社会人の基本。


「あ、これどうぞお土産です」

シンシアの紹介も済ませてご挨拶の菓子折りを渡す、コレも(俺の中では)常識。



下宿先のパン屋の名物にするつもりなんですよ、ベビーカステラって言います。

ええ、マルケパン工房です、よくご存じですね。


「似た様な物を売るパン屋も増えてきたが、揚げパンの味はマルケパン工房が一番好みに合ってるよ。

優しい甘みなのに食べ応えが有ってね、大好きなんだ。

ああ、そうだ失敬。挨拶がまだだったね、私がサマラン。

いや、わざわざ自由騎士のあなたが来たという事はオズドラと名乗った方が良いか、そもそもの私の事情も知っているんだろうしね」


口は笑っているが疲れたような目で俺を見てくる。


俺の事を自由騎士と呼ぶという事はある程度行政機関や衛兵、騎士団に伝手がある人みたいだ。



けど何か勘違いしてそうだな、でも話しは聞いてくれそう。なら早々に目的を話してしまおう。



「事情と申されますと治癒魔法協会の件でしょうか」


コクリとうなずき肯定してくるオズドラさん。

「今まで私が治癒魔法師である事は隠し通せてたと思っていたんだが・・・もしかして見逃されていただけだったのかな?」


いや、そうではないですよ。

王都での知り合いに協会の影響が及ばない治癒魔法師を紹介してくれないかと頼んだらオズドラさんを教えてくれたんです。


ピクリと片眉が上がる

「(パルトか?)」


小声でそう問われ、今度は俺が頷き肯定する。


「そうか、彼女が私の事を明かすくらいなら君を信じて良さそうだね」


まあ、協力してもらえるならどちらでも構いませんよ。

少しお道化てそう言うと、今度こそ本題を切り出す。



「単刀直入に申し上げますと、治癒魔法師としての貴方のお力をお借りしたい。

治癒魔法協会の対抗組織を設立する為に」


今度はカッと目を見開き俺を見据えるオズドラさん、目力が凄い。

「本気か?」



恐らく20年ほど前、ここに逃げてきた時から最近までの協会の状況はそれなりに知っているんだろうな、短い言葉から”できっこない”みたいなニュアンスもはっきり感じられる。


だから直近の事情を説明する。

俺が治癒魔法協会に(正式に)挨拶しに行ったあの日の事を。

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