第331話 去ってしまった存在
領主様は俺が渡したメモをにらめっこしています。
ナッツ棒をモシャりながら領主様が話し出してくれるのを待っている俺、クルトンです。
「治癒魔法師が4人も・・・20年も前からコルネンに・・・」
何だか辛そうな顔で呟いている領主様、何かあったんだろうか。
「いや、これだけの治癒魔法師が居たのなら救えた命がどれだけあったのかな・・・とね」
今となっては詮無き事、想像するしかありませんが当時の彼ら、彼女らからしたら自分の命を永らえる事で精一杯だったと思いますよ。
治癒魔法協会と絶縁して追われる様に、隠れる様にここコルネンを目指したようですから。
「そうなのか?いや、そうでもなければこれだけの人数、しかも女性の治癒魔法師が2名もコルネンに来る事など無いか。
そうか、絶縁してか・・・治癒魔法師の希少性は自分達でも分かり切っていただろうに、それならば私を頼ってくれれば良かったものを。
・・・違うな、領主の私を信頼してもらえなかったのだろうな、これは私の責任でもあるか」
ますます顔をしかめる。
でも今はそんな感傷に浸っていても事は進展しない、空気読まずに話し進めちゃうよ。
「一応俺の技能で当たりは既につけています、幸い昨日の晩から大きく居場所を変えてはいません。
俺が接触するとして周囲を衛兵たちに囲ってもらいたいんです、念のために」
治癒魔法師とは言え王都のポシレマギエさんの件もある、もし身体強化の魔法を使える人なら力そのものは騎士に届かずとも、逃走を図られたら取り逃す事も可能性としてゼロではない。
なんたって20年以上、少なくとも政府機関の役人たちや索敵持ちの騎士団員、治癒魔法協会の職員達から治癒魔法師である事を隠し通していた人たちだ。
「分かった。それでね、こんな事言えた義理でもないが彼らとの接触後の交渉は私も立ち会わせてもらえないだろうか」
ん?どういうことです。
「彼ら、彼女らが現在まっとうな人間である事が条件ではあるが、領主である私が後ろ盾になると、治癒魔法協会から守ると伝えたい。
そして正しく治癒魔法師としての力を揮ってもらいたい。まあ、当人が承諾してくれればだがね、無理強いはしないよ」
何だが領主様が俺の意図しない方向へ話を進めてしまいそうだ、事を急ぎすぎたか。
今回彼らに接触しようとしている目的を経緯を含めて説明しないと予想外の所に話が飛んでしまう様な気がする。
一度場を仕切り直し、俺がこの目で見てきた王都での治癒魔法協会の現状について話す。
カウンターとなる組織立ち上げの件も、その為に伝手を辿りコルネンに隠れ住んでいる治癒魔法師を直接スカウトしにいくと。
「クルトンさん、私も付いて行った方が良いような気がするの」
うーん、そうか。シンシアはまだ子供だが一人前の治癒魔法師、次世代を担う優秀な若者と一緒に伺った方が興味を引くか・・・、その方が話を聞いてくれるような気もするな。
「それとクルトンさんも今回から治癒魔法師の力はもう隠さない方が良いと思うの。治癒魔法師は優秀であればあるほど上位の存在を蔑ろにすることは無い・・・って言ってたから」
誰が?
「夢の中のクルトンさん?」
・・・正気ですか?
「うーん、そう言えば見た目はクルトンさんだったけど、自分の事を・・・『マサミ』?って言ってた様な気がするの」
おう・・・マジか。
どういうことだ、俺はここに居るというのに。
今世の俺の姿をした前世の俺の名『正己(マサミ)』を名乗る夢の人・・・。
俺のあずかり知らぬ何かが俺の周りに影響を与えている様で、うすら寒い感覚を覚える。
何より俺が知らない情報をシンシアに伝えている様なのだ。
その情報が正しいかも検証も大変だしな、無条件に信じる気もしない。
正直これ以上は聞いても沼に嵌まりそうなので、改めて領主様と互いの意見をすり合わせる為に話しを進める。
「説明した通り治癒魔法協会の対抗組織を立ち上げます。
まだ王家、元老院と一部の貴族様にしか打ち明けていませんが反対意見は有りませんでした。
時期を見てですが治癒魔法協会のポシレマギエ氏にも説明するつもりです」
あのお爺ちゃんなら理解してくれそうだし。
「ですから優秀でなくとも良いので可能な限り治癒魔法師を募集するつもりです。
一般常識を身に着けている”まともな”人材なら年齢、出自、技能の強弱は不問です。
正直治癒魔法を一定水準まで習熟させるのは後追いで何とでもなりますから」
俺が説明した『治癒魔法の一定水準までの技能習熟』が何とでもなる事について、領主様とそれ以外の人、シンシアまでも目を丸くする。
「ちょっと待ってくれ、本当に”何とでもなる”のかい?」
ええ、”一定水準”までなら何とでもなります。
「どうやって?」
どう説明しましょうか・・・。
なんだかこの世界のあらゆる文明、文化、技術、はては物理法則に至るまで、あらゆる事柄がまるで下手なパッチワークの様に歪で、曖昧で、不完全なのです。
そもそも、我々新人類の存在自体も精霊と古代人とのパッチワークの様な物なんだと思うんですよ。
なので一つ一つの事象の意味を解き明かし、正確に繋ぎ合わせ、法則と成して紡ぎ、そして自ら世界に望む事で新しい天の理法、今世の理が定着していくように感じるんですよね。
「待ってくれ!我々が、今この人類がそれを成せるというのか?
それではまるで我々が・・・」
「ええ、もう去ってしまったと言われる存在・・・神のようでしょう?」
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