第330話 「いつもこんな感じなの?」

「ふう、悔しいけど認めざる得ないわね。

それに貴方、まだ本気じゃないんでしょ?」


ソウデスネー(棒)

地雷を踏まない様に返答に細心の注意を払っている俺、クルトンです。




加減したとはいえソリーダ様は肩口を強く打ってしまった為にシンシアが患部に手を当てて治療している。

いや、もう本当に綺麗に回っちゃったもんね、回った勢いそのままに減速しないで地面に叩き付けられたもんだからブワッと土煙が舞ったほどだよ。


「とにかくこの件はここまで、私もこれ以上貴方の力を疑う様な事はしません。

そしてこの試合で騎士である貴方が抜群に有能であることが証明されました、我が領の領民に貴方の様な人材がいる事を誇りに思います、これからも当家の手助けになる様に励んでください」


ん?なんて返事すればいいんだ。

セリシャール君に顔を向けるとその脇に居る領主様と一緒に困ったような顔をしている。


何か問題でもあるのかな。

俺、なんかやちゃいました?



微妙な空気に耐えられなくなった様で、セリシャール君がソリーダ様を諭す様に話し出す。

「母上・・・、インビジブルウルフ卿が我がカンダル侯爵領の領民である事は間違いありませんが、陛下から直接叙爵を受けた騎士・・・、そうですね騎士団内ではインビジブルウルフ卿が『自由騎士』である事を誰も否定しません。

爵位は侯爵の方が上位ではありますが、振るえる権限の自由度では圧倒的に『自由騎士』の方が上です。

例えば今、インビジブルウルフ卿が母上の首を刎ねても罪を問う事が出来る者はここに居ないのです」


「申し訳ありません、母上に『自由騎士』の件を伝えていませんでした」と俺に謝って来るセリシャール君。



いやいや、首を刎ねるなんて、そんな事俺しないからね。



「はあ、そう言う事は事前に伝えて頂戴」

ソリーダ様が一言セリシャール君に告げ、改めて俺に向き直り「大変失礼しました」とお詫びを述べてくる。


ええ、問題無いですよ。

俺ついこの前まで開拓村で農民やってた平民ですから、こんなのはノープロブレムです。



「待ちなさいソリーダ、随分前に私はちゃんと貴方に伝えていましたよ。

陛下から直接騎士爵と称号を下賜された重要人物が領民に居ると、それが彼だと。

知らなかったふりをしてこの場を逃れようとしているのでしょう、そんな事は許されませんよ。

貴方に恥の概念は無いのですか?」


サーラン様からの突然の告発に場がピシリと凍る。

ソリーダ様はさっきお詫びした時のキリッとした顔のまま、頭頂部から滝の様な汗がしたたり落ちていて見ていて面白い。


「・・・母上、勘弁してください。」

目を右の手のひらで覆って肩を落としながらセリシャール君がそう諭す。


「もう・・・この後始末は私が引き受けるから君は部屋に戻っておいてくれ。

本当に頼むよ」

領主様も眉を寄せて困った感じを演出している。


なんだ?いつもの事なのか。



「いや、ホラこうでもしないと試合出来なさそうじゃない?

『二つ脚の魔獣』を負かしたのよ、手合わせしてみたいじゃない」

なんとか取り繕っている様だがやっぱりいつもの事なのかもしれない、領主様も”やれやれ”といった雰囲気を追加で醸し出している。


多分ソリーダ様は侯爵夫人と言う身分の中に、自分が求める自由が無いと感じているんだろうな。

夫や子を愛してはいるが解放されたいと望む自分もいる事を認識し、それを成すのは自分の権利だと思ってるんだろう、知らんけど。



「それならなんでサーランは分かっていながら止めてくれなかったのよ!」

おや?今度はサーラン様に矛先を向ける。


まあ、言ってる事は分かる。サーラン様も知っててこの状況になるまで黙っていたって事だからな。



「私は貴方の保護者ではないのよ。いい加減自分の不始末は自分で責任を取りなさい」と、すまし顔。


「私が言ってるのはそう言う話じゃないでしょう!?」



何だろう、上級貴族のご婦人らしからぬ口喧嘩だが、お互いその言葉には嫌味も遠慮も無く、真っすぐな言葉で言い合っている。


本当に姉妹の様だ、故郷のイフとエフを思い出す。




「いつもこんな感じなの?」

セリシャール君にそう尋ねると、その脇に居たファテレース君が「うん、そうだよ。とっても仲が良いんだ」と満面の笑みで答えてくれた。



そうだね、とても仲は良さそうだ。

こんな感じならシンシアも安心して嫁げる様な気がする。


少なくとも陰湿ないじめなんかは無いだろう。

それだけでもこの侯爵家は信頼できるだろう。



取りあえず治療が終わったソリーダ様は、大事を取るという名目で自分の部屋にドナドナされたでござる。


そして場所を移して応接室、改めて入れて頂いたお茶を頂戴している。

あ、ナッツ棒食べます?王都で大好評だったんですよ。


いつも袈裟懸けしているカバンからナッツ棒を取り出し皆に一本づつ配る。

領主様にはソリーダ様の分も追加で。後で渡しておいてください


俺が渡す物に不味い物は無いだろうと信用してくれているんだろう、躊躇う事無く皆一口かぶりつき、その強烈な甘みに目を見張る。


暫くモグモグさせてお茶で飲み込むと、

「この香ばしいナッツの風味と甘さが体に沁みるねぇ、でもこれだけ贅沢に甘味を使うなんて値段を聞いちゃいけない気がするよ」

とナッツ棒を見つめ領主様がポツリと零す。



そんなとっておきを出したのですからこれからのお願いを聞いてもらいたいのですけど。


「・・・まあ、私にできる事なら」

心配そうではあるが領主様はそう返事してくれた。


なのでお願い事を伝える。

「今から20年前位、コルネンに王都から流れてきた治癒魔法師が4人いたんです。

今も存命している事、少なくとも今はコルネンに居る事は確認しました。

彼らに接触するにあたり衛兵の協力をお願いしたいのです」


そう言いながら4人の名前と年齢を記載したメモを領主様へ差し出した。

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