第329話 力量

俺は普段着で、対峙しているソリーダ様は防具を含めた実戦さながらの稽古着姿で準備完了しています。

これから始まる試合をどう終息させれば良いか頭をひねっている俺、クルトンです。




自分の身長より少し長い槍をビュンビュン振るって準備運動をしている姿は正しく女傑で、改めてこの世界の人類の運動能力の高さを確認するのと共に『天武』の理不尽さを思い知らされる。



そもそもポールウェポンと言われる長柄の武器は無手は勿論の事、剣よりも有利と言われている。


剣と比べて取り回しが難しいとも言われるが、しっかり間合いを確保できれば雑に扱ってもそこそこの威力が出るし、何といっても間合いが広く先に攻撃できる利点がある。


だからさらに熟達した技を身に着けている武人であれば長柄武器を使う、それだけでかなりのアドバンテージが発生する。


日本でも刀を持つ男性と長刀なぎなたを持つ女性が戦えば、ほぼ長刀なぎなたを振るう女性が勝利する事も実証されてたはず。



何を言いたいかというと圧倒的に俺が不利。

いや、無条件で勝って良いなら全く問題無いんだが、今回は程よく手加減して試合をコントロールする事を求められているからちょっと自信が無い。


レイニーさんの二の舞は避けたいから尚更この試合は神経を使う。

天武持ちとは言え精霊の加護持ちより身体能力そのものは劣るし、そもそもソリーダ様は騎士では無いし、職業軍人でもないから怪我をさせるリスクは段違いに高い。




いつになく難しい、ホントどうしよう。マジ自信ない。


それでも時間は進み、腕を組んで天を仰ぎ瞼を閉じてウンウン唸っていると

「体も暖まったわ、そろそろ始めましょう」

とやる気満々のソリーダ様から声が掛かり、審判を任されたセリシャール君から位置に着くよう指示される。


(取りあえず受けに回ろう)、そう割り切った頃合に”始め”の号令がかかる。



ソリーダ様は左半身に構え穂先をゆらゆらと揺らしてこちらを伺っているが俺は半身立ちで受けの体制。


「・・・(シッ)」


小手調べのつもりなんだろうな、ボクシングで言う所のジャブの様に予備動作無く穂先が俺の胸目がけて突き出される。

威力を意識したものではなくとも穂先はちゃんと刃が付いているから当たるだけで間違いなく怪我をしてしまう。


しかも俺は防具を身に着けていない、手甲も。


ってか穂先付きってマジか!


取りあえず穂先の根元、逆輪付近に当て外受けで軌道を逸らす。



「ツッ!」

・・・上手く決まった。


躱すと思っていたんだろうか、穂先の軌道を逸らされ僅かに上体がぶれるが素早く槍を引き重心を後ろにのせて体幹を元に戻す。


この動作を一瞬でこなすのはさすがとしか言いようがない。

全て一動作で終わらせるこの動き、スキを嫌う古式の武術の様だ。

こりゃ攻略するのに苦労するだろうね。


でも・・・。


リソーダ様のギアがもう一段が上がったのか、さっきより重心を落として腰を安定させ、上下に散らしてより速度重視の突きを連続で放ってくるが外受け、内受け、下段払いと穂先の軌道を逸らして右足を半歩進める。


それと同時に逆輪付近を右手で掴み体を入れ替え左手で右手の先、柄の中心近くも掴む。

この一動作で体がスイッチした状態になり突きの動作が一瞬止まる。



相手のスキが有る無しに関係なくこのまま動作を繋げる。

右手を捻り、左手を返すように右に回すと俺の右手を円錐の頂点にして底面の円周に沿って向こうの柄頭がグルリと回る。


俺が進みながらその動作を行ったものだからリソーダ様の脇腹付近に柄頭が押し込まれた状態になり、それが引っかかったからだろう体ごと”グリン”と周り、まるで人間プロベラの様にソリーダ様の腰を中心に勢いよく横回転、地面に叩き付けられた。


「・・・(軽っ!)」


「「「「・・・」」」」

「!、止め!!早く、早く治療を!」


いや、大丈夫だって、加減したから。



「早く!」

セリシャール君、話聞いちゃいねえ。


シンシア以外は領主様もサーラン様も慌てている。


そして1分も経たないうちに、

「いたた・・・」

ほら、大丈夫だったでしょ。


ソリーダ様が頭を振りながら上体を起し周りを見渡す。

少し意識が混濁しているのか視点が合わずまだキョロキョロしている。


「母様!大丈夫ですか!?」

駆け寄ったセリシャール君がソリーダ様の背を支え、少し強めに問いかけている、気付けの意味もあるんだろう。



「ああ、シャール?

そうね、大丈夫よ。けど私は何をしていたのかしら、視界が歪んでから・・・そこから・・・どうなったの?」


対魔獣の戦闘に重きを置いて進歩してきたこの世界の武術は無手の対人戦の技術が稚拙なことも有って、特に投げられる事に免疫がほぼ無い。


魔獣から吹き飛ばされた時の対処方法はあるが、頭を下にして投げられる技には受け身も取れない事が多いんだよな。



ソリーダ様の脇まで近づいて行って「どうなったの?」と、問われた事に答える為どういった状態になって意識を失ったのか試合の内容を解説し始める俺。

その為にセリシャール君を相手に試合を再現、リプレイ動作の中で重要なポイントを一つ一つ俺が解説していく。


こうやって一連の動作を分解して解説、詳しく説明すればソリーダ様も俺の実力に納得してくれるんじゃないか・・・してくれないかなぁ。




俺は何も武道の秘伝を伝授されたなんて訳じゃない。

けど元となる古式から数百年の研鑽の結晶を引き継いでいるんだ、理にかなったその技の体系を理解してもらえれば(俺個人にではなく)技に対してリスペクトしてくれるんじゃなかろうか。


槍の天武を持ち、一般人には届き得ない技の境地に至っている人なら尚更。



「良く分かったけど、あなたにしか無理なんじゃないかしら?

その技で私の・・・天武持ちの槍に対抗するのは」


あるえぇ?

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