第326話 献身(自己犠牲)

小規模ながら食事会と合わせて報告会が進んでいく。

そんな事もお構いなしに料理に舌鼓を打っている俺、クルトンです。



一応この場は仕事中という事なのだろう、だからかセリシャール君の母君である侯爵夫人や弟君のファテレース君は同席していない。


出される料理も俺に気を使ったのか晩餐会の様な見た目も重視したものではなく、少し濃い目の味付けが特徴的な家庭料理を中心に提供されているもんだから、俺の遠慮が鳴りを潜めている。


そして食事に夢中な俺の事など関係なく、始終和やかに雑談話も度々挟んでようやく報告会が終了した。



報告と合わせて決まった事もあり、俺が故郷に戻るタイミングでシンシアは侯爵邸宅に引っ越しする事になった。


正直伯父さん達は寂しがるだろうな、特に伯母さん、お祖母さん。

娘が出来た様だと喜んでいたもんな。


まあ、侯爵嫡男に娘を嫁がせたんだと納得してもらおう。

好きな時に会えなくなるのは寂しいけどね。


そんな事を考えていると侯爵様も気を使っているんだろう、俺にこう言ってきた。

「クルトン、君たち親族にも礼をするつもりだ。

領主の立場上マルケパン工房だけを贔屓する事は出来ないけど、シンシアにとってコルネンでの実家みたいなものだからね。

年始の祝賀会には招待状を送らせてもらうから宜しくね」


俺も良く知らなかったが年始(1月)には領主様主催の祝賀会が催されるそうだ。

各都市の領主はほぼ全てこの祝賀会を行う。

駐屯騎士団代表、上級役人、領内の財界人、ギルドの責任者などが一堂に会しての前世の企業で言う”キックオフイベント”みたいなもんらしい。


ここで新年の領運営の方針を告示したり、各役所組織の改変、責任者の移動の報告、大店などからのセールス、新製品の展示などやれることをいっぺんにやる。


そして次の祝賀会では追加で正式にセリシャール君とシンシアの婚約を発表するそうだ。


キックオフと展示会と辞令の公開と次期領主の婚約発表・・・企画、準備する人は大変だなぁ。




最後まで食っていた俺の食事も終わり、その後出されたお茶を飲んで皆で談笑している。

そうすると俺の今後についても話題が及び侯爵様が聞いてくる。


「クルトンには確か兄弟がいるのだよね?」

ええ、弟一人と妹が二人います。


「うんうん、まだまだ子供だがとても優秀な子達と聞いている。

その子たちはコルネンに来るつもりはないかね?部下からの報告から察するに彼ら程の能力となるとあの村では少々狭い様に感じるのだが」


まあ、本人達次第ですね。

両親も自発的に開拓民募集に手を挙げて故郷を離れたと聞いていますから、子供たちがそう言った決断をしても表立って反対はしないでしょう。


世の役に立つなら望まれる事でもありますし。

けど家族の事も調べてるんだな、まあ今更だけど。



「差し出がましいかもしれませんがお望みであればご兄弟の縁組は侯爵家の総力を持ってお手伝いしますよ。

選民思考と忌諱する者もいますが、優れた者はそれ相応の相手を選ぶ必要が有るのです。

優れた能力を持つ者の義務の様な物ですから・・・少なくとも今の世は人類を永らえさせる為にどうしても避けては通れない事ですので」


途中から微妙な顔になって聞いている俺の変化に気付いたセリシャール君が、次第に声量を落としてそう告げてくる。



・・・分かるよ、理解してるし俺もそれに異論はない。


この国は割と緩い感じだけど、それでも紛う事無き正真正銘の封建社会。

だから同調圧力にも似たプレッシャーで地位や権力、財力を継承する事よりも優先して優秀な人類を残していく事が世間からも国からも求められる。


そして太古より血統を守って来た貴族であれば、それは正しく義務なのだ。


だからこそ『義務』を越えて王族であるチェルナー姫様がアスキアさんと両想いで添い遂げられる事はとても尊い事で、損得勘定なく皆に心から祝福された。



本来、庶民であればそうでもないが偶に現れるイレギュラー、市井からポッと現れる超優秀な人材は更に優秀な子孫を残す事を貴族と同じ感覚で周囲から期待される。


成人前、開拓村の外の世界そして貴族の世界を知る前は、なぜか俺に備わっていたスキルの力を使いこなし適切に振るえば大抵の事は何とかなると思っていた。

確かにそれは間違いではなく、強大な外敵から俺たちを守る武器として正しく機能してはいる。


けれども、人類存続の為に解決しなければならない大きな問題点、

それを排除できない限りこの人類の意識の根源に居座り続ける『献身』の精神、命を繋ぐために自身の命と心を犠牲にすることもいとわないという呪いから解き放たれることは無いだろう。


誤解を恐れず俺の言葉で言うのなら、献身と言う名の自己犠牲。

その行いはとても尊い事ではあると思うが、泣く事も出来ない不幸な人たちを生んでしまう悲しい業でもある・・・と俺は思っている。


この考えは今のこの世界の人達からは理解されない様だけど。



俺が抱えるこの世界との常識との乖離は未だ埋まらないし、今後も『問題』が解決されなければ埋まることは無いと思う。


幸い補助具としての腕輪が普及していく事で希望が見えてはいるが、まだまだ生産が始まったばかり、先は長い。



弟、妹たちに幸せになってもらいたいのは今も全く変わらない。

しかしこの世界の呪い(あえてこう言う)とうまく付き合っていかなければならないのも事実だ。


せめて良い人と縁を繋げます様に。

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