第325話 紳士
次の日、昼前には大麦村を出発してコルネンに向かっている。
無事用事が済んでほっと胸を撫でおろしている俺、クルトンです。
本当に今回はシンシアのお陰で何もかもすんなり話が進んだ。
この調子で行けば将来侯爵夫人として辣腕を振るい、女傑と呼ばれる事も有ったりするかも。
あんなにシャイな子だったのに、環境がこれほどまでに子の成長に影響を与える良い事例だろう。
馬車は何事も無く進んでいる、夕方には領主様の邸宅まで到着するだろう。
さて・・・、侯爵様、シンシアの件で俺が出張る事はもう無い・・・だろう、多分。
事務手続きは侯爵様主導のもとで粛々と進むだろうし。
婚約の報告の際にシンシアの養父として王都に同伴する事になるだろうその時までは期限に追われる仕事は基本的に無い。
けどこれからが本当の最終盤。
確かタントルム伯爵だっけか、その方達を筆頭に総勢11人の使用人を迎え入れて仕事のOJT(職場内訓練)を済ませないといけない。
これが長引くとそれだけ故郷に帰る日取りが後ろにずれてしまう。
故郷の開拓村まで俺の馬車でたった1日の距離とは言え、それは極力避けたい。
導入教育用に資料を準備しておいた方が良いな。
あと能力を把握したうえでだが彼らの仕事上の序列をしっかり決めておかねばならないだろう。
冷たいようだが無能に指揮は任せられない。
一部とはいえ俺の財産を管理するのだから。
幸いな事に王家、国とタイアップした事業が有る事でここコルネンの俺の事業所(事務所)にも定期的に国から役人が査察に来るらしい。
本来なら望まぬ訪問者なのだろうが、厄介者を抱える事になるここでは定期的に引き締めを図るためにかえって有難い。
当然の様にその中には近衛騎士所属の真偽官が混じっているそうだから、尚更効果は抜群だ!!
そう考えを巡らせていると「なんだ、今まで通り忙しいままじゃないか」と、そうボヤく。
予定通り夕方、晩御飯前に領主様の邸宅に到着した。
セリシャール君を降ろしたらそのままシンシアと下宿先に帰ろうと思ったら引き留められる。
「間違いが無い様に念の為でもあります、同伴頂いたクルトンさんからも父上に報告頂きたいのです」
セリシャール君からの要望。
そう言うのはもうちょい早めに行ってください。
シンシアと顔を見合わせるが「良いんじゃない?」とシンシアが頷きながら一言呟くとセリシャール君と一緒に館の入り口に向かい歩いて行った。
「じゃあ、俺は馬車とムーシカ達を厩舎に置いてから向かうよ」
一言声を掛けて修練場に向かい馬車とムーシカを預けに行く、ちょっと急ごう。
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報告したらさっさと引き上げようと思っていたのだが最初から予定していたのだろうか。
玄関に到着し侍女さんの案内でちょっとしたホールに通される。
其処は既に食事の準備が整ったテーブルが準備され、配膳待ちの侍女さんがスタンバっている状態。
そんなの見せられたら俺もさっさと席に座らないといけない、急かされている様でちょっと気分が落ち着かない。
「さて、インビジブルウルフ卿も到着した事だ。
報告会を始めよう」
そのカンダル侯爵様の宣言で侍女さんが一斉に俺たちのテーブルに料理を配膳してきた。
ちょ、ちょっとすみません。
報告はともかく食事会は想定していなかったので下宿先に到着が遅くなる旨連絡したいのですけど。
「なるほど、確かマルケパン工房だったね。
よし、使いの者を向かわせて事情を伝えておこう」
そうカンダル侯爵様が言うと、いかにも執事さんっぽい人が部屋から出ていった。
これで大丈夫だろう。
「では改めて食事をとりながらゆっくり結果を聞かせてもらおう」
セリシャール君から順を追って今回の報告をしていく。
途中シンシアが補足して内容を微調整、うん良いじゃないこの雰囲気。
カンダル侯爵様も報告の内容と合わせて2人のその姿に目を細めている。
「良く分かった。
では予定通り手続きは進めておこう、陛下の御都合もある事だから婚約の報告については追っての事になるが出来るだけ早く事を進めよう」
?何故かモッシャモッシャ食事をとっている俺に向かいそう告げてくる。
「近いうちに故郷に帰るのだろうけどシンシアの養父として一緒に王都に来てもらわねばならないからね。
色々都合はあるだろうけど今回ばかりはこちらを優先してもらうよ、すまないね」
まあ、当然ですね、承知しました。
あとシンシアのご両親はどうしましょうか?
大事な娘の事だ、なんだかんだ言って晴れの姿を見たいに違いない。
「陛下へのお目通りは正直難しいね。
けど領内での婚約のお披露目と結婚の儀には当然参列してもらうよ。
主賓としてね」
そうだ、なんだかんだ言っても国王陛下は現神であらせられる。
本来、正式な手続きを通さなければお目通り自体貴族でも無理だったよ、忘れてた。
「クルトンさん、貴方は『自由騎士』ですからね。そういったしきたり、作法には縛られないのです」
なんか未だに実感わかないし自信ないんですよね、自分が『自由騎士』なんて。
以前、そう言われてから調べてみたけど結構な権限持ってる様じゃないですか自由騎士って。
出入国の手続きしなくても自由に国の出入りできるとか国際問題にならないんですかね?
「改めて・・・慣例としか言えませんが自由騎士は正式に陛下からその称号を下賜されることは無いのですよ。
ですから陛下自ら否定しない限りクルトンさんが自発的に『自由騎士』として振舞う事が求められるのです」
セリシャール君からそう諭される。
ちょっと質問の答えになっていない様な・・・。
そりゃ便利なんでちょっとハッタリかます為に名を借りる事は有りますけど、自分から喧伝するのはなんか違いませんか、後から陛下に「何勘違いしてんの?」とか言われたらこっぱずかしくて暫く立ち直れそうにないですよ、俺。
「何ものにも縛られない『自由騎士』を陛下が認めた後に不祥事を起こされた方が問題なのですよ。
自発的に自由騎士に相応しい振る舞いを心がけてもらえれば陛下はクルトンさんが自由騎士である事を肯定しない代わりに否定もしないはずです」
ああ・・・法外の行いを黙認する代わりに責任は自分が取れと。
だから迷惑かけない様に自制し模範となる行動しろって事か、これがさっきの質問の答えって事ね。
うん、俺理解した。
紳士たれって事ですね。
「字ズラではあってますが、多分クルトンさんの言ってる紳士とは違います」
セリシャール君からピシャリと諭されてしまった。
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