第324話 肉の人

分かっていた事ではあるがシンシアの精神的成長も凄まじい。

隣にいるセリシャール君もタジタジだ。


俺はというと、

(説得が楽でラッキー)と、もう気が緩んでいる。


そんなこんなで今晩の焼肉パーティーに思いを馳せている俺、クルトンです。




「そ、そうかい。シンシアが望む事ならこれ以上、何も言わないよ。

そもそもこんな良い縁談を断るつもりなど無いのだから」

お母さんも隣で”うんうん”頷いてる。


シンシアのこの一言でなし崩し的にご両親への説得は終わり、今後の大まかな予定の説明に移る。


「改めて、まずシンシアは俺の養子になってもらいます。

勿論法律上では完全に俺の庇護下に入る事になりますがご両親との縁が切れる訳ではありません。

平民を直接娶ると、特に成人前であれば尚更”権力で召し上げた”と言う誤解を招く恐れがありますので輿入れする為の前段取りみたいなものです。

そこはご安心ください」

まずは最初の手続きの内容を俺が説明する。



この国だけでなくこの世界の各国ではかなり詳細な人口調査を行っており、戸籍も併せて行政が厳重、厳格に管理している。


だからちゃんとご両親も戸籍上シンシアの親として間違いなく記録に残るし、縁が切れる訳ではない。

何か(財産の相続等)有ればしっかり権利も保証される。



因みにこの人口調査は、その結果より導き出される人口推移から人類滅亡の切っ掛け、『予兆』を見逃さない様にする為のものでもある。

調査のデータは色々活用されるが一番の目的はそれだ。


だからこの調査を任される人は、足で稼ぐ泥臭い仕事を苦もなく熟す生抜きはえぬき、叩き上げの役人さんが人選され、かなり重要な仕事を任せられるという事もあって気合いの入れようが凄まじいらしい。



「次にセリシャール様との婚約の報告とお披露目についてですが、

カンダル侯爵家は上級貴族であらせられるので、一度国王陛下にお目通り頂きご報告が済んだ後に自領でお披露目となります。

御両親におかれましてはそのお披露目に主賓としてご出席いただきます」


「「ヒッ!」」

御両親揃ってビビってる。

うん、分かる。


「それは・・・そうですか主賓ですか・・・いや、そうか、そうですよねぇ」

お父さんの目からハイライトが消えていく。



「準備については何も心配なさらないでください、此方で全て整えます。

ええ、何から何まで全部です。

留守の間に畑の管理を行う人員も手配しますので全く問題ありません」

お披露目には身一つで構わないと丁寧に説明する。

俺もそうだったが平民が貴族のテリトリーに入って行くときなんか無駄に警戒するからな。

心が落ち着かないったりゃありゃしない。



「そして婚姻についてですが、これはセリシャール様が成人した後の話になるでしょうから少なくとも2年ほど先の話になります。

それまでは”婚約中”という事以外表立って変わる様な所は無いでしょう。

今まで通りです」


ただし、俺は出稼ぎ期間が終了するのでもう直ぐ故郷に帰る、よってシンシアは領主邸でセリシャール君と一緒に生活し、貴族としての教育も進めていく事になると追加で説明する。



「承知しました。娘を・・・宜しくお願い致します」

御両親が立ち上がり、セリシャール君に向かった後に胸の前に腕を重ね深く頭を下げる。


「も、勿論です。必ず幸せにします」

セリシャール君、ようやく喋ったね。



この日の晩の為に仕留めてきた野豚を4頭、熟成肉にして持ってきた。

うん、奮発したよ。


豚の熟成肉は殺菌が大変だからなかなかやらないんだけど俺頑張った。



そして今晩は天気も良かったので外でバーベキューにする。


土魔法で竈を作り持ってきた網を乗せ、火は俺の炎の魔法を活用してこちらの準備が整う。


次は皆の前で枝肉を柵取りし、その後に焼いて縮んでもそれなりの大きさになる様にちょっと大ぶりに切り分けて皿に盛る。


一部塩の他にハーブを揉み込んだ味付け肉も準備して準備は整った。

因みに野菜は無い、肉オンリーだ。



ステンレスで拵えたトングを使い皆がジュウジュウ肉を焼きだすとその煙、香りが村中に漂う。


当然何事かと家から様子を見に顔を出すが、事前に『侯爵家嫡男』がやって来ることを知らされている村の人達は遠くから眺めているだけだ。


指をくわえて。



ねえねえセリシャール君、セリシャール君。

ここで村の人達を焼肉パーティーに誘ったら、君の株が爆上がりじゃない?

領民とシンシアからの。


そう囁く俺。


それを聞いたセリシャール君はハッとした表情になって「皆さんもどうですか?」とさわやかスマイルで村の皆に近づき誘って回ると、好奇心と肉の香りに抗えなかった人たちからポツリポツリと集まりだす。


その人たちは次第に増えてゆき結局ほぼすべての村民がパーティーに参加、各々で食事や飲み物を持ち寄ってきた事も有り、結局のところ宴会の様な騒ぎとなった。





後の話だが、これによりセリシャール君はシンシアの御両親だけではなく大麦村の村民たちからの信頼も取り付け、『村民と同じ皿から食事をとった領主』としてその後の領運営にも大きな影響を与える事になったんだ。


肉を用意した俺にぜひ感謝してほしい。



後にセリシャールがカンダル侯爵当主を継いだ際、この事もあって大麦村では彼の事を『セリシャール・カンダル侯爵様』ではなく、『肉の人』と呼び大そう親しまれたそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る