第323話 空気に溶け込む次期当主

パカラパカラとシンシア、セリシャール君と俺の箱馬車で大麦村に向かっています。

天気も良く御者席で眠くなっている俺、クルトンです。



寝てしまっても馬車を引いているムーシカ、ミーシカはとても頭が良いので特に何もせずとも目的地まで連れて行ってくれるから安心。

一度行った事ある場所はいつもこんなもんだ。



今回は諸々の事情の説明とご両親からの了承、そして諸々の手続き含めた今後の予定を伝える。


割と説明、説得に時間はかかると思っているのでそれなりに資料も準備し、領主様とセリシャール君とも綿密な打ち合わせを行って来た。

絶対という事は無いが、考えられるほぼすべての事態に対処できるだろう。



朝に出発して途中で昼食を取り、そこから少し進むと大麦村に到着した。

相変わらず村の子供たちが寄って来てワイワイ騒ぎ出す。


シンシアも窓から顔を見せて手を振ったものだから「あ、シンシアだ!」と子供たちがさらに騒ぎ出した。


村の中という事もありさほど速度も出さずに走らせているので馬車に近づかない様伝え、前方で邪魔する子供たちが居ないか目視で確認するのに合わせて索敵を展開しながらシンシアの実家に向かう。


子供たちのこの騒ぎで気が付いたんだろう、実家の玄関口には既にご両親が外に出てきていて俺たちを出迎えてくれる。



ゆっくり馬車を停め御者席から降りると、馬車の扉に手をかけ開ける。

先にセリシャール君が降りてきてご両親に会釈をするとそのまま脇に寄ってシンシアの手を取り降りる手助けをする。


流石は侯爵嫡男、女性への気遣いもスマート。

全く違和感を感じさせない自然な振る舞い。


「お父さん!お母さん!ただいま」

「ああ、本当に膝が治っている・・・おかえり、待っていたよシンシア」



家の中に通され席に促される。


お茶を運んできたお母さんの手がちょっと震えていて申し訳ない気持ちになる。

「そんな気を遣わなくても良いですよ」と最初に言ったもののそうもいかないんだろう。

うん、分かる。

未来の領主様だからね、セリシャール君は。


「娘の膝の件、有難う御座います。

手紙で知ってはいたのですけど本当に・・・有難う御座います」

丁寧に俺に謝意を伝える御両親、もう良いですよぅ。



そんな挨拶の後に早速俺が口火を切って今回の経緯から今後の事についての説明を行う。

「早速ですが・・・」

いつもの通り誤解を与えない様に素直な言葉を選び出来るだけ分かり易く説明する。


領主であるカンダル侯爵様が嫡男の妻にシンシアを迎えたいと、その為の前段階としてシンシアを俺の養子として迎え『インビジブルウルフ騎士爵の娘』として外部からの雑音を黙らせる為に体裁を整える必要が有ると。


そして一番大事な事、シンシアもこれに同意しており両親も貿易都市コルネンへ迎えたいと伝える。


まずは婚約を発表し、その後の婚姻は時期を見てになるので今直ぐの話では無い。

しかもカンダル侯爵領に居てくれるのなら最悪シンシアが一方的に婚約を破談にしても罪は問わないとの言質も取っている。


このくだりではセリシャール君が泣きそうな顔で心配している。

ちょっと感情が顔に出すぎだな。


何ぶん前世も合わせれば80年近い記憶と人生経験を持つ俺から見ればお互いまだまだ子供だ、これからいろいろな事が有るだろう。

望まぬ事で身を切る・・・だけなら良いが信じた人を自分が裏切らねばならない決断を強いられる、そんな未来ももしかしたら有るかもしれない。


それを思えば平民出身であるシンシア家族が不当な扱いを受けない様にその処遇を担保しておかねばならないと思うんだ。



と・・・領主様が忖度する程、それくらい『治癒魔法師』としてその能力を開花させたシンシアの希少価値は高く、侯爵でも無視できない存在である事もしっかり伝える。


「本当に・・・本当にシンシアはこの縁談を受け入れているのでしょうか?

いえ、私たちからしても大変有難い話しで御座います。

しかし今までのあの子の性格を考えればとてもとても・・・それに貴族社会であの子が幸せになれるものか」



まあ、そう考えるよね。

意外かもしれないがこの国では貴族は必ずしも皆が憧れる地位ではないんだ。


何度も言うがこの世界に魔獣の存在がある限り『力ある者』、今回で言えば上に立つ者として領主は魔獣から領民たちを守る為に命を懸ける事を強いられる。


そう、強いられるんだ。

幸い時期侯爵であるセリシャール君は自らが騎士であるから抗う力をある程度持っているが、現侯爵当主のミリケルス・カンダル侯爵様はその素質が無かった為に、一般人の身体能力しかないのに戦場に向かう事が有るかもしれない。


実際の戦闘は騎士団が行うにしても、大規模な魔獣との戦闘が勃発すれば(王族は例外として)領地の一大事に邸宅に閉じこもりふんぞり返っている様な領主では領民の支持を得られないんだ。


そういった意味では領主様には同情する。

世知辛い。

俺の感覚では適材適所という事もあるし、戦場に居ても役に立たない人は後衛で自分の得意な仕事をしていてくれと思うんだが、これにも意味のある事だから表立って反対する事が出来ない。


その意味とは・・・、

特に魔獣の様な体内に膨大な魔力を宿す敵を倒すと、又は倒したその付近に居ると程度の差は有れ身体能力が上昇するそうだ。


上昇率はそう高くはないらしいが実質レベルアップみたいなもんだな。

魔獣討伐によるこの現象は高次元の生命体へ昇華する為の儀式の一つと考えている研究者もいる位だからね。


貴族たる者、領民を守る能力の獲得は重要事項。

程度の差は有れ魔獣の危険に晒され続けている領民は、自分たちを守ってくれる強い領主を望んでいる、その為にこういった事(重要人物が戦場に向かう事)を求められる事は珍しくない。


余談だがこのような理由でデデリさんは自領民からの人気が凄まじいそうだ。



長々説明したがとどのつまりご両親が心配している事、言いたい事は積極的に戦場に出撃するであろうセリシャール君の不幸でシンシアが未亡人になる様な事は勘弁してほしい、そう言う事だ。




でも大丈夫。


「カンダル侯爵家次期当主のセリシャール様は陛下にも認められた技能をお持ちの方です。

少なくとも私が不幸になる選択肢を選ぶことは絶対に有りません」


両親に向かって凛とした姿、声でそう宣言するシンシア。



あまりの娘の変わりようにポカーンとする御両親。

あ、セリシャール君もキョトンとしている。



これ以上は俺が説明する必要なさそうだ。

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