第322話 「敬意を忘れてはなりません」

”カポーン・・・”

スクエアバイソン厩舎、厩務員さん達の宿舎脇に併設した湯殿で寛いでいる俺、クルトンです。


体内魔力量の都合でハウジングの1日の使用回数に上限がある事と、諸々の後始末の都合で思ったより調査が捗らず今日までかかってしまった。


温泉の掘削。


今までの温泉の中で一番深くまで掘ってやっと源泉に到達したことも有り、湯温はかなり高く湯量も豊富だった。


流石に今回の深さになるとポンプで汲み上げないと地表までお湯が昇ってこないんじゃないかと想像していたが、地中の圧力がかなり高いのか派手に噴き出る訳ではないものの滾々と湧き続けている。


この国1万年の歴史の中で火山が噴火したなんて記録は無いそうだが、地震は有るのでそれなりに地殻変動はあるのだろう、その影響でかもしれない。


・・・大規模災害を注意した方が良いのかな。




「・・・今は考えるのはよそう」

ちょっと気を抜いても良いだろう、今くらいは。


一応浴室は二つ作った、念の為女風呂と分けて仕える様に。

今は二つとも自由に厩務員さんが使える状態だが掃除は定期的にするように伝えてある。

ここが感染症の発生源になってしまっては目も当てられない。





今も厩務員さんも何人か湯船に浸り目じりを下げてまったりしている。

「こんな贅沢な風呂に入れるなんて夢のようですな」


しみじみそう言う厩務員さんの声が消え入る様に湯気に溶けていくのに合わせ、外の風が静かに吹き込み視界を明瞭にさせる。


当初はこれだけの温度のお湯を薪を使わずに準備出来る事がなかなか想像つかなかった様で、「もったいない」みたいな感じで恐る恐る入っていたが今はかなりリラックスしている。


確か常温と殆ど変わらない温度の温泉もある位だから、高温のお湯が沸く温泉を掘れたのは幸運な事なんだろう。


源泉かけ流しの温泉なんて前世でも贅沢な感覚あったもんなぁ。



この温泉は温度が高かった事も有って一度パイプを通し大気で冷やしてから湯船に注いでいる。

なので途中パイプを分岐させて洗濯や洗い物様にも使える様に工夫した。


温水で洗濯するとよく汚れが落ちるしね。

けど手は荒れるから女性陣の肌の手入れは大変だけど。


テヒニカさん達の住まいや新しく建設した俺の事務所兼従業員宿舎にも引いたパイプにポンプを繋げお湯を循環させている。

使用時には備え付けたバルブを開いてお湯を出す。


幸いこの区画は源泉からの高低差が殆ど無いので魔素を利用して軸を回転させる渦巻き型ポンプ?だっけか、そんなのを使用している。


羽の形状はかなり記憶があやふやだったけどスキル任せにしたら取り合えず求める能力は発揮してくれたので結果オーライ。



浴場も脱衣所も十分な広さで作ってあるから急な増員が有ってもある程度許容できるはずだ。

ぜひ有効活用して頂きたい



長湯だとかえって体に悪いのでその旨説明して「程々にね」と声を掛けて先に湯船から出ていく。


今はテヒニカさん一家もお風呂に入っているだろうから今日は寄らずにこのまま帰ろう。



またまた領主様邸宅にお邪魔しています。


「では来週出発すると」

ええ、諸々の農作業も一段落した事でしょうからシンシアの実家に伺おうと思います。


カンダル侯爵様にそう説明します。

そろそろ頃合でしょう、一応概要については手紙を書いて向こうに巡回している騎士団員に届けてもらう様お願いしました。

既に確認はしてもらっているはずです。


向こうに伺う日付の大体の目安も一緒に伝えていますので明後日辺りまで正式な日取りを伝える為に手紙を出してください。


「承知した、では日取りは・・・来週の4の日(木曜日)でどうだろう?」

問題ありません。


あ、でもそれを知らせるのに親書とかで出しちゃだめですよ、手紙に花押でも書けば十分ですから。

庶民は親書開封の作法とか知らないんですから、それで処罰でもされたらたまったもんじゃありません。


「まあ礼儀はあるにはあるが・・・そんなに?」


それを理由に手紙を持って行く名代がシンシアのご両親に不遜な態度でもしたら領主様へ不信感を持ってしまいます。

最悪破談ですよ。


危機感が薄いようなので領主様をちょっと脅してやる。

以前俺に親書を持ってきた名代も酷かったらしいからな、幸いデデリさん達の気転で俺と顔を合わせる事は無かったけど会っていたらどうなっていたか・・・。



「それは不味い・・・非常に不味い。

分かった、名代は私が直接人選しよう。いやクルトン、君も人選に立ち会ってくれ」


ええ、承知しました。

礼儀とかは重要ですけど、それより重要なのは相手を不快にさせない事です。

相手は平民ですが『治癒魔法師の素質』を持ったシンシアを生み育てた御両親です。

御両親への敬意を忘れてはなりません。


「うむ、もっともな事だね。

そのご両親がいらっしゃらなければシンシアはこの世に生を受けておらなんだ。

女性の治癒魔法師など、これほど稀有な存在を世にもたらしたのだから」


カンダル侯爵様が腕を組みながら「うんうん」頷いてます。



で、名代なんですけど一緒に行く事になってるセリシャール君はどうでしょう。

多分これ以上の人選は無いと思うんですよね。


彼は侯爵嫡男、何れは爵位を継ぐがまだそれを持っている訳ではない。


だから尚更今の内にと思うんですよ。

未来の領主様がワザワザ名代として来たって事は結構インパクトあると思うんですよね。


「うーん・・・」


おや?反応が悪い、何か有るのかな。



「知っての通りセリシャールはまだ16歳、逆に失礼にならないかな?

成人前の若造を名代に寄こしたしたなんて」


うん、きわめて貴族的な考え方。

間違いじゃないけど礼儀より、どうやって日々の生活を健やかに営むかに価値を見出す庶民にとってはそんなのクソ喰らえですよ。


それに別で名代を立てたとすると、セリシャール君はその脇にただいるだけになってしまうでしょう。


娘の配偶者を見極めてもらう大事なファーストコンタクト、仕事(名代)を任せて彼の誠実さを理解してもらう良いチャンスだと思いますけど。


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