第321話 妖精

色々な後始末を毎日細々と進めています。

そしてようやく一段落ついた俺、クルトンです。



あれからパメラ嬢たちも誘いピクニック・・・とまで気楽なものではなかったがポンデ石切り場の森まで騎士団で遠征し、スレイプニルを追加で3頭、地竜(草食の大トカゲ)に至っては5頭捕獲した。


その土地の固有種になるのだろう、無傷でどれも通常より立派な体躯の個体を確保できて関係者はホクホク顔だ。


それから最低限の調教を行った後にスレイプニルは王都から迎えが来て、俺の事業拠点である繁殖施設にドナドナされていったが、地竜はそのままコルネン領主と駐屯騎士団に譲渡された。


本当に獲物を発見するマップと索敵のチートさ加減が恐ろしい。

現場到着して直ぐに捕獲対象の居場所が判明するって相手側からしたら悪夢でしかないだろう。



実はグリフォンも1頭発見出来たのだが、騎手になれるだけの能力を持った人がまだいない為にこちら側の人員の都合で確保は断念した。


マーキングはしてきたのでラールバウさんの精霊の加護が発現した後で良いだろうとの事。



なお、この遠征の往復路では俺の馬車にパメラ嬢が乗って王都での出来事を話す事が出来た。


因みにいつもパメラ嬢とセットでいるマーシカはムーシカ達と併走している。


ようやく約束を果たせてホッとしている反面、御者席に居る俺の隣にワザワザ座るパメラ嬢からキツイ尋問調の問いかけにビクビクしながら返答していたもんだから、馬車を引くムーシカ、ミーシカに俺の気持ちが伝播したのだろう、休憩時に体を触るとかなり筋肉が強張っていた。



そりゃ精霊の加護持ちからのプレッシャーに当てられたらキツいよな。

過去にデデリさんが何度も決行したスレイプニル捕獲作戦時に、一切スレイプニルが姿を見せなかったって話しも頷ける。


お疲れさんの意味を込めて目的地に着くまでは、晩にいつもより念入りにムーシカ、ミーシカのブラッシングをしてやった。



カサンドラ宝飾工房の俺の部屋、今はあの棚のスペースに人形が飾ってある。

結局全高15cm程度の騎士の人形、デッサン人形に鎧を装着させた物と別で作った強顎魔獣(俺が一番最初に討伐したヤツ)の人形を飾っている。


どちらも関節がフルで稼働し、戦闘時の一瞬をいかようにも再現できる秀逸作。


ジャンプしている時の表現の為に人形を浮かせるためのスタンド付きのアームも一緒に作ったのでなおさら想像力をかき立てられる。


今はスタンドを使って魔獣が襲い掛かった瞬間を再現、騎士がその横っ面を大槌で振りぬいたポーズになっている。


うん、良い出来だ。


「・・・コレはちょっと売るのを躊躇うな。

売れるだろうが売ったら恨まれそうだ」

親方が俺と一緒に人形を眺めそう言ってくる。

そして腕なんか組んで「うんうん」言ってる


意外と難しいんですよね、関節の作り方。

精度がガバだと直ぐに固定しなくなってブラーンとなるし、キツすぎると滑らかに動かないから任意の所で固定し辛い。


ポリキャップなんてものは無いから、精度を出すのには完全に人形師の腕に頼る事になるのでこれを再現するのは大変そう。

出来ない訳ではないが、かなり腕の良い職人が携わざる得ないからお値段も高額になるだろうね。


これは俺が村に帰る時は置いて行きますので、工房のディスプレイにでもしてください。


「ああ、有難うよ。

弟子の中にもこれに興味あるやつがいてな、勉強させてもらうよ。

しかし、技術資料といい、これといい貰ってばかりだな。

お前が初めてここに来たときは追い返しちまったから尚更申し訳ないよ」


そんなことも有りましたね。

でも俺もアポなしの飛び込みでしたからしょうがないでしょう、しかもこちらから”2年間だけ”なんて条件も出してましたから。

常識的に考えて弟子にもならない、なる気が無い人を工房がホイホイ雇わないですからね。


「そうなんだがな・・・話位はもっとちゃんと聞いてやらなきゃなと、そう思ってな」


そうですね(笑)

でもそんな人もあまりいない様に思いますけど、俺が言うのも何ですが。


「ハハ、違いない!」

腕を組みながら愉快そうに親方が笑っていると「貴方、お客さんですよ」と第一夫人のルーペさんが親方を呼びに来た。


何の事ない日常、多分このカサンドラ工房も今後代替わりしていく度に俺の痕跡は消えていく事だろう。




当然の事だ。

2年間しかいなかった宝飾職人、しかも残した技術資料には俺の名前の記載はしていないから俺が居た事は暫く語り継がれても、決定的な『証拠』として俺と結びつく情報が無い以上いつか情報自体があやふやになり、消滅していく。


俺の力はイレギュラー、いつまでも頼られるような事ではこの工房の有り方が歪んでしまう。

これからはこの工房の人達だけで歴史を繋いでいかなければならないんだ。


そう、この工房にとって俺は歴史の中に一瞬だけ現れた妖精の様な扱いで終わるのが一番自然な事なんだろう。


そんな扱いで十分。

俺は歴史に名を残したいんじゃない、皆からチヤホヤされたい訳でもない。

関わった人たちが不幸になって欲しくないだけなんだ。


そして家族で幸せになりたいだけなんだ。



実は当時のカサンドラ宝飾工房での出来事は、弟子として働いていた第一夫人ルーペの息子の手記により克明な記録が残されている。


当初は本人の日記に書き留められていたコメント程度の情報だったが、クルトンの宝飾工房への貢献度が上がるごとに情報量が増え、出稼ぎ期間の後半にもなるとほぼクルトンの観察日記の体を成してゆく。


この手記はクルトン・インビジブルウルフ騎士爵の本来の性格や、当時としては珍妙にも思えたその行いを解き明かす為に後世の研究家たちの重要な資料として活用される事となった。


この手記が発見、公にされると当時既にかなり近代的な考えを持っていたクルトン・インビジブルウルフ騎士爵への評価が高まるのと同時に、タリシニセリアン国の近代化を一気に加速させた恩人として世論も更に”現インビジブルウルフ騎士爵家”への畏敬の念を強くする。


そんなインビジブルウルフ騎士爵家現当主本人は「本当に毎回毎回・・・いい加減勘弁してほしい」と苦笑いしていたそうだ。

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