第317話 転ばぬ先の杖

珍しく、と言うかデデリさん直々にお茶を出してくれた。

侯爵様からのお茶を頂戴し「結構なお手前で」とか言っちゃったりする俺、クルトンです。



「・・・遠征では俺も茶くらい自分で淹れる」

でも侯爵様からですから一応なんか言っとかないといけないのかなと。


「まあ、そうなるか。でも気にするな、職務中は爵位より階級の方が優先される」


いや、ならあんた大隊長ですやん。

「お前は自由騎士だろう?」


「俺から言わせてもらえばどっちもどっちだ」

ギライカさんがそう言ってこの会話に終止符が打たれると、改めて魔獣の話に戻る。



王都からコルネンまで網羅している地図を広げ、街道の2か所、その場所に小さな木彫りの兎を置く。


「お前たちの話しでは王都からコルネンまでかかった日程が5日間、その旅程の二日目と三日目に兎型魔獣を1頭づつ討伐している」

俺が木彫りの兎を置いたあたりだ。


「大体だが王都とコルネンの中間地点、この付近だと・・・この森から出てきたってのが一番無難な話しなんだが・・・」

一番近くの森を指さして説明するが歯切れが悪い、何か解せない事でも?



「まあな、それでここは森と呼んではいるがかなり小さな場所でな、確か200年以上も前に当時の騎士団で全体の探索も完了している。つまり魔獣の結界が無い森なんだ」


本来なら魔獣が生息していない森って事ですか?




太古の大災害の後、全人類の天敵となった魔獣は我々と違い現在まで生み出された時点の能力を劣化させないまま命を繋いでいる。


その為、新人類保護の為に大災害終息後すぐに来訪者が各森に結界を張り魔獣を閉じ込めた。

当時正確な場所は来訪者から知らされることは無かったが、その後の人類の調査で「大体この辺に結界ありそう」といった場所が判明し、遠見の魔法でそれが証明されている。


そしてその場所は殆どの場合広大な森の深層にあり、狩人でもない武装した騎士がそこまで到達するのは兵站の意味からもかなり厳しく、それであればワザワザ結界を越えてきた魔獣を人類の生活圏ギリギリの緩衝地帯におびき寄せた方が討伐が容易だった。


なのでリスクは伴うものの、その森とそこに近い街道、都市を重点的に騎士が巡回して都度魔獣の討伐に当たって来た経緯がある。


今回の場所はそれに当てはまらない場所という事、つまりどこから来たのか・・・。



「正直以前お前が見つけたキメラの件もある、今までの常識が及ばない事態になりつつあるのかもしれないと思ってな・・・」

どうしましょう?


「・・・どうもこうも無い。

我々はこういった事は門外漢。できる事はいつも通り巡回をして見つけた魔獣をぶちのめす事だ。

ただこの件は宰相閣下に報告しておく、こんな情報も後の大きな変化の前触れなのかも知れんからな」



「・・・、・・・」

「何を考えている?間違っても単独で調査なんぞするなよ。

それを行いたければお前の安全を担保した調査案を持ってこい。

そして陛下とソフィーを説得するんだな。

言われなくても分かっているだろう?我が国は今お前を失うわけにはいかんのだ、腕輪の件もチェルナー姫様の補助具の件も動き出したばかりなのだからな」


ええ、そんな事はしませんよ。

けど翼竜とか(パジェの技能とか)、今直ぐでなくても調査に有用な人材と資材は整えた方が良いでしょうね。



騎乗動物としての翼竜の活用とパジェの天空からの調査能力、どちらもグリフォン以上の高さから一方的に情報収集できる能力になるだろう。


のんびりしていたけど早めに動かないといけなくなりそうだ。




報告内容の読み合わせと急遽デデリさんを交えての考察が終わり帰路に就く。

デデリさんはもう一度警邏業務に向かうそうだ、やっぱり凄いなあの人の阿保みたいな体力。


ギライカさんも商隊が手配している宿に戻って諸々の準備が有るらしい。

明後日王都に出発するそうでその準備だそうだ。


明後日かぁ、何かお守りの様な物でも渡した方が良いかな、今日の話の流れからしたら魔獣除けになる様なもん。

なんだかんだ言ってもここに来るまで2回も魔獣に遭遇したしな。

『転ばぬ先の杖』と言うやつだっけか。


ふと何の抵抗も無く、スルッと前世のことわざが頭に浮かび苦笑する。

この国にはこんなことわざ無いのにな。



出発当日の朝、傭兵のまとめ役であるギライカの下へクルトンが訪れ旅のお守りにと一着のマントを渡す。


それは『騒乱の凶獣』を一体丸々使った物でクルトンが所持している物より魔力の内包量は少ないものの、間違いなく強力な装備だった。



急遽拵えてた案山子を竿の先端に括り付け、その案山子に『騒乱の凶獣』のマントを羽織らせると隊列中程の馬車に括り付ける。


少々時間が押してしまったが往路と同じ21台の馬車を引き連れ、関所から商隊が王都に向かい出発すると、陽の光を吸い込みより際立ったマジョーラカラーに変色したマントを中心に巨大な『騒乱の凶獣』の幻影が現われ商隊を包み込む。


マントから発せられる透過した様な、蜃気楼のように揺れる幻影は魔獣除けの他に傭兵含む商隊全員への身体強化の付与の効果も発揮した事で進むスピードにも影響を与え、通常5日間の行程が3日目の夕方には王都に到着した。


この時、案山子に羽織らせていたマントを仕舞い忘れていた事で王都城門前ではスージミ大隊長指揮の騎士団が待ち構え、あわや戦闘に発展するかと言った一幕もあったとか。



後にこのマントは「黒狐のマント」と呼ばれ、『補助具の腕輪』運搬の専属護衛となった傭兵ギライカの重要装備として長く使用されていく事となる。


そしてその際の魔獣とのエンカウントは”ゼロ”だったそうだ。





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