第311話 別れの準備

一度防犯用人形を拵えたからだろうか顔の表情についてはともかく、なんだか人型の造形物についての情報と治癒魔法に内包されていた人体骨格の情報が一本の串で連結された様な感覚が有った。


・・・これ、観賞用の人形って言うより標本製作の技能になったんじゃね?と。戸惑いを隠せない俺、クルトンです。




これじゃない感が凄まじい、スキルさんももうちょっと空気読んでほしい。

でも美術品としてではなく、人物デッサン用の人形としてなら売れるんじゃないですかね、あの顔無いやつ。

ポーズとか自由自在にできますし。

親方はどう思います?


「なんだよ、この前まで市場を荒らしたくないとか言ってただろ?

良いのかよそんなんで」

そうでした。


久々にうっかりさんの俺降臨。



「けどデッサン人形って事は画家相手の商売だろうからなぁ、問題無いんじゃねえか。

数も限られるだろうしそんな壊れるもんでもないんだろう?

必要な奴らに行き渡ったら暫く注文も入らんだろうし・・・一過性のもんだろうから気にしなくて良いと思うぞ、俺の勘だけどよ」


そうですね、じゃあ30~50cm位の全高のヤツを男性型、女性型それぞれサンプルで作りましょう。

貴族お抱えの画家さんを紹介してもらって試しに売り込んでみましょうか。


「じゃあ今度シャーレに紹介してもらうよ」


ええ、お願いします。



どうしてこうなった。


男女型それぞれサンプル用デッサン人形を一対拵え、シャーレさんに売り込みをお任せした。


お任せしたんだが・・・

「画家さんにも好評らしいんだけど、なんだか服飾業界からも等身大のデッサン人形作ってくれないかってお声が掛かって。

ちょっと断りずらいお客様(貴族)を通しての話しだから頼まれてもらえないかしら」


そうだよね、前世にもあったよマネキン。

規模にもよるが一店舗で複数個使用して商品のディスプレイしてたもんな。


此方からお願いした話しと言う事も有り、膨らんでしまったシャーレさんからのお話を断れず改めて大きさ違い(等身大)のデッサン人形を納品したら速攻正式注文が舞い込んだでござる。



でもいっぺんに20体ってのは多すぎやしませんかね?値段も決めてないんですけど言い値じゃまずいでしょう、個人じゃなく店に卸すんでしょうし。


「その服飾店のオーナーは貴族様だから問題無いわよ。それに私が話まとめるから心配しないで」

元貴族令嬢だけあってシャーレさんは貴族の塩梅加減を肌感覚として体得している。

だから今までも問題は起こった事が無い。


その辺は心配していないんだけど、今までの様に結構な金額で販売した事を後で知らされたりすると正直ビビる。


「何言ってんのよ、あんまり安くすると他の業者から突き上げ喰らうんだから仕方ないじゃない」


「希少価値ってやつだよ、お前は気にせず作ればいい」

親方からもそう諭される。



なんだかんだ言っても俺の口座に入って来る報酬、自由になる資金が有る事は良い事だ。

初めて王都に行った時なんかは予算カツカツで財布も心も余裕が無かったもんな、それを思えば今の状況がどれほど幸せな事か。


そして魔獣に怯えることなく、生きるだけならどうにでもなる・・・そんな力を持つ俺の状況もどれほど幸せな事か。


人の役に立つなら、その期待に応えられる様なら出来る限りの事はしていこう。


そんな気にさせるのは故郷に戻る日も近づいているからだろう。

王都に続いてここでもそろそろ後始末をしていかないといけないな。


俺が開拓村に帰ったら破綻する様ではかなり不味い。

俺が居なければ成り立たない仕事の状況なんてのは認識できない迷惑を常態的にかけている様なもんだ。


「いや、お前はよくやってくれてるよ。

残してくれた仕様書と設計図だけで部屋が一つ埋まるくらいだ。

検証の報告書、サンプルの実機も含めれば資料館を建てれる程だよ。

これだけお膳立てしてもらって半端な仕事しかできない様じゃ工房の看板を降ろさにゃならんだろうさ」



なら良いのですけど。



「ん、パンのレシピか?」

ええ、一応俺が今まで作って来たものを資料にまとめました。

未だ作って無い物も有りますけどそれは追々試してください。


アイザック伯父さんに追加でもう一冊渡す。


あとこちらは御菓子のレシピです。

高価な材料が結構あるので気軽に試作するのは難しいと思いますけど念の為準備しました。

氷菓もクレープも既に販売してますからこれからバリエーション増やす為にも。


「・・・良いのか?」

ええ、俺が残せる形を成した物はこれ位が限界です。

有効活用してください。


「形が無い物も十分貰ってはいるのだけどな」



修練場に伺い、丁度フォネルさんがいたので今後の事を相談する。

「シンシアのこの後なんですが・・・」


そう、コルネンでの身元引受人はこの俺だ。

俺からの免状はまだ正式に出してはいないが、今や騎士団内でも一人前として扱われているし実力は十分その域に達している。


ここで更に実務経験を積んでいくのと合わせてより高い教養を身に着ける為に学校に通うのも良いだろう。

その位の学費は今の俺ならなんぼでも捻出できる。


ただ、この時点でシンシアから離れるのは身元引受人としてどうなのかとも思う。

俺が王都に行ってた期間に誕生日を迎えたとはいえシンシアは未だ11歳。

御両親からお預かりしている大事なお子さんだ。

俺はしっかり守ると約束したんだ。


「まあ・・・それ以前に我々騎士団が全力で守るんだけども。

今やシンシア君は我々の生命線だからね。

領主様(カンダル侯爵)に相談した方が良いんじゃないか?今更だけど」


そうなりますよね。


シンシアがいなくなっても以前の『コルネン駐屯騎士団』に戻るだけではある。

けど今の状況と比較すれば騎士団の誰に聞いてもシンシアを手放す選択を肯定する人は居ないだろう。


単純に自分たちが生き延びる確率が上がるからだけじゃない。

もう自分の娘、妹の様な扱い・・・家族になっているから。

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