第308話 ゆっくりと

騎士団修練場を後にして、徒歩で下宿先に戻っている俺、クルトンです。


何だかパメラ嬢のお小言を聞いていると、ここコルネンにもソフィー様が居る様で少々落ち着かない。

しかも精霊の加護持ちの特徴であるあんな人形の様に整いすぎた顔を向けられたら、俺のSAN値がマイナスに振り切れ発狂してしまいそうだ。


失礼にならない様に丁重に伝言の件をお願いし、魔獣の討伐部位が入った麻袋を渡してそそくさと退散してきた。




まあ、これからテホアとイニマの訓練も有るからその準備やらテヒニカさんの厩舎での仕事やら、早急に話を進めておかないといけない事も有るし何だかんだ忙しい。



とは言ってもマルケパン工房までそれなりにゆったり向かう、散歩も兼ねて。

往路も感じていたが改めて周りを見渡しながら歩いて行くと、行きかう人の数が俺が王都に行く前より増えている様な気がする。


アイザック伯父さんはパンの供給量を増やす為に息子さんに暖簾分けする話を進めていたし、ポックリさんも王都からここに向かう商隊が増えてるって言ってたからな。

気のせいじゃなく確実に人が増えてるんだろう。



どちらかと言うと俺は開拓村の様な牧歌的でゆっくり流れる時間に浸るのが好きなのだが、都市であればこんな感じに活気が有った方が良い。

経済を回していく事であらゆる代謝が促され、都市の健全さが持続していくから。


景気が悪くなれば貧困も犯罪も増え、それを原因に人の心も荒んでいく。

基本的に人に優しくできるのは自分に余裕があるから・・・だと思う。



そう言う意味ではここコルネンは、何かしらの経済政策をワザワザとらなくても今のところ市井の人達の営みだけで十分発展していきそうだ。

何もしなくても発展していくならそれに越したことは無い。




マルケパン工房に到着すると朝の忙しい時間は収まって、一息つきながら朝食を取っているところだった。

配達に出ていた二人の息子さんも一緒に。


「おかえり、朝飯まだだろう?用意してあるから食っちまえ」

有難う御座います、いただきます。



そうして今回も土産話として王都での出来事を話して聞かせたので、いつもより長い朝食を皆で楽しんだ。



暫く離れていたのでパン窯と保冷庫の調子を見て問題ない旨確認し、昼と夕方のパンのタネを仕込んでから改めてスクエアバイソンの厩舎へ向かう。


シンシアは今日も騎士団修練場へ行くので今日は俺が送っていく。

治療はもちろんだが最近は怪我の防止の為に補助魔法を練習しているらしい。


何でも身体強化の様に骨、筋、筋肉を直接強化するのではなく、魔力で体全体、もしくは膝や足首、肘等大きな負荷が掛かる所を覆う様に魔力を纏わせ、動きを補助してやる身体強化魔法だそうな。


実は身体強化にも二つの方法が有って、体内魔力が潤沢でそもそもの身体能力が高い騎士さんなんかは直接体を強化する方法を取る事が殆ど。

この場合は乗算の様に能力が上乗せされていくから現れる効果が絶大で、能力のランクが一つも二つも上がった様な感じになる。


その代わり魔力の消費量が多いのと、もともとの身体能力が高くないと効果の上昇分が微妙な感じになる。

だから同じ量の魔力を消費しても騎士が使うと鬼のような効果を発揮するが、一般人だとそれ程でもないって事がままあるそうな。



それに対し魔力でアシストする方法は怪我や疲労を含む何かしらの影響で下がってしまった能力を補助してやるイメージ。

多分だけど治癒魔法協会のポシレマギエさんが使ってたのはこっちの身体強化。


前者の効果を乗算と例えたが後者は加算式の身体強化といったイメージ。


デメリット・・・と言う程でもないが比べてしまうと能力の上昇値は前者より間違いなく低い。

しかしこの場合のメリットも当然あって、消費する魔力量が少い事と何よりも自分以外の人に掛ける事ができる。


因みに俺はどっちも出来る。

何なら俺の能力はゲーム準拠だから二つとも俺以外の人に掛ける事も可能だ。



後者の方は怪我人への補助としてとても優秀な魔法だから「こんな感じで使うんだよ」って王都に向かう前にチラリと使って見せたのだけど、それだけで理解して騎士さん相手にしっかり練習してたみたい。



「いやいや、シンシア嬢に掛けてもらうこの魔法は既に十分一人前ですよ。

俺たちの身体強化に重ね掛けされるようなもんですから体に頭が付いて行かないくらいです。

反射能力が高い者でないとかえって危ない状態で」

シンシアを修練場に送った後、入口を警備している騎士さんへ挨拶がてら世間話をしているとそう言われた。


シンシア、恐ろしい子!!



シンシアと別れて今度はスクエアバイソンの厩舎へ向かう。


諸々の後片付けは有るだろうがサラッとでも今後の事を説明する必要が有るだろうから。


厩務員の方達が協力してくれるのでテヒニカさん達は特に問題になるような事は無いと思うし、テホアとイニマの訓練は俺が付くから尚更気になることは無いだろうけど。



それからゆっくり厩舎到着、非番のスクエアバイソン(2頭)の鼻面を順に撫でてやりながら厩舎脇の宿舎に向かう。



「おはようございます、クルトンです」

挨拶しながら宿舎のドアをノックすると母親のステスティさんが出迎えてくれ室内に案内される。



リビングに通されてお茶をいただきながら早速これからのテホアとイニマの件を話します。


「これからはテホアとイニマの訓練を本格的に開始しようと思います。

最終的には俺と一緒に森に入って狩人の技能を習得してもらうつもりでいますから、その見通しを説明します」



開拓村に戻っても暫くは続いて行くであろう子供たちの訓練、予定は未定と良く言うけども見通し位はつけておかないと何も進まないからね。

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