第307話 希望と望まぬ未来
朝、下宿先のマルケパン工房に向かっている俺、クルトンです。
お土産はムーシカ、ミーシカに括り付け、俺は徒歩でムーシカの手綱を引いて、パカラパカラと久々に戻って来た街並みを眺めながらゆっくり進みます。
懐かしく感じる程長期間離れていた訳ではないが、それでも周りの景色は気になってしまう。
キョロキョロしながら時折すれ違う騎士団、兵士さん達から挨拶を受け、俺も返す。
「おや?クルトンさんおかえり。今回の王都も大活躍だったそうじゃないか」
いえいえ、それ程でも・・・いや、今回はそれほどの事だな。
何しろ補助具としての腕輪を量産試作の初回生産まで立ち上げたんだ。
結構な功績なんじゃね?これって。
「ええ~、今更ですか」
挨拶してきた兵士さんも苦笑い。
いつもの事だが自分が成した仕事に対して暫く後、落ち着いてからふと実感する事が多い。
幸い俺の認識阻害のお陰で都市伝説的扱いされる事も結構あるし、関わっている案件で無条件に内容を公開できる事もほぼ無いからそれが何か関係者から漏れる情報も噂程度。
つまり直接俺自身が話題になる事は今のところ無い。
逆に詳細情報が市井に出回っている様なら喧伝している関係者を洗い出し、何かしらの処分が必要になる案件ばかりだ。
取りあえずは俺の正体を喧伝する事は今まで通り控えた方が良いだろうね。
大勢に影響を与えない程度の噂位が丁度良い。
挨拶して来てくれた兵士さん達と別れ程なくしてマルケパン工房に到着する。
「あ、クルトンさん、おかえりなさい!」
プル、ぺス、狸のオベラと一緒にシンシアが玄関先で待ち構えていて俺を出迎えてくれる。
そして何故かオベラはぺスの背中にダラリと乗っている、コイツ自分で歩く気ねえな。
「クルトンさん帰って来たよ!」
シンシアが出入り口から中に声を掛け、それに応じて伯父さんと伯母さんが店先に出てきた。
「よう!お帰りクルトン。まずは中に入って休んでろ」
未だ今朝の仕事は終わっていない事も有り、俺を見てホッとした様な顔をした伯父さんは直ぐに店に戻って行った。
「プルとぺスが今朝から落ち着きが無かったの、だからポムが近くにいるんだと思って外で待ってたの」
シンシアがなんで店の外に居たか経緯を話してくれる。
そんな話を聞いている最中、ポムとプル、ぺスは嬉しそうにじゃれている。
オベラはずっとぺスの背中に乗ったままだ。
一度挨拶はしたのでポムを残し「ムーシカを厩舎に置いてきます」と店の中にいる伯父さんに声を掛けて騎士団の厩舎に一度向かうと伝える。
「気を付けろよ!」と中から伯父さんの声、相変わらず俺を子ども扱いだ。
魔獣すら単独で倒す俺に対しても無条件に心配してくれる、とても有り難いことだ。
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王都からのお土産を裏口から搬入してムーシカに跨りミーシカと目的地に移動、厩舎に到着した後2頭を預けて修練場に入って行く。
デデリさんかフォネルさんに到着した旨伝えるのと、途中で倒した魔獣2頭分の骨、革を渡す為に。
「あら?お帰り」
入ってすぐにパメラ嬢に会った。
おはようございます、何か今日は早いですね。
「おはよう。昨日あなたが帰ってきた事は連絡貰っていたから。
それより曾爺様はもう警邏業務に出発してるわよ。フォネル副隊長も隣の街まで領主様の親書を届けに出払っているから帰ってくるのは今日の昼過ぎじゃないかしら。
何なら要件聞いておくわ、伝言しておいてあげる」
はい、そう言う事でしたら助かります。
一応到着した旨を伝えて頂ければ、お願いします。
「ええ、任されたわ。それで今日は他に用事あるの?」
ええ、結構忙しいですよ。
「そう・・・残念。腕輪の件とか聞きたい事が有ったのだけど仕方ないわね。
貴方も色々大変だって曾爺様からも聞いてるし、邪魔しない様にとも言われてるわ。
でも早いうちに声を掛けて頂戴、ベルニイスの姫様に贈った雷狼の件も翼竜の件も興味があるし」
・・・そんな事まで知ってるんですか?
『雷狼』の号まで知ってるなんて。
デデリさん情報でしょうが騎士団内では割とコアな俺の情報が出回っていると警戒した方が良いですね。
「何を今更・・・これまで何度も言ってきたけどいい加減自覚なさい。貴方の技能があとほんの少し控えめなものだったら間違いなく王家に迎えられ、表舞台で国の抑止力としての役目を一生務める事になっていたわよ、曾爺様と一緒に」
まあ、そうなんだろうな。
抑止力と言えば本来パジェの技能が正しくそうなんだけど、あれを抑止力と相手国に証明、認知してもらう為にはまず国一つ消し飛ばす様な実績を残さないといけないんだろうからなぁ・・・、加減ができないんだよ、多分パジェの力は。
それに比べれば俺の能力は完全にコントロールできる抑止力として発揮される。
規模がパジェより遥かに限定されている事もそうだが、ほぼノーリスクで暗殺し放題の能力だから。
マップ、索敵機能に認識阻害、極めつけはハウジング。
誰にも悟られず国境を越え、首都、国の中枢へ潜り込みハウジングで一定区画を無条件に支配下に置いてからの標的だけをピンポイントに暗殺、その発覚を遅らせる為に王城内の人達への洗脳に似た制約魔法の行使。
そして誰からも気付かれる事無く自国への帰還。
相手国を統治するつもりが無ければ疫病や毒の魔法で人口を大幅に減らす事も出来るだろう。
・・・うん、ヤバい。人の悪意に上限なんて無いから用心しないと。
よくよく考えれば陛下も閣下もなんで俺みたいな危険人物を野放しにしてるんだろう。
いや、行動を制限されたいわけではないよ、俺の思想が危険って訳でも無い。
能力その物の話し。
「陛下の能力と貴方の今までの行いから来る信頼に頼っているのよ。
あと貴方を他国へ亡命させない為の精一杯の囲い込み、これでもかなり王家に気を遣わせているのよ」
・・・これまたなんでそんな情報知ってるんですか?
「曾爺様が頭を抱えていたもの、結構頻繁に。
もう一度言うけどいい加減自覚なさい、貴方の何気ない行動で不幸になる人を見たくはないのでしょう?
そうでなければ貴方が巻き起こす行動の結果、その責任の全てを背負う覚悟を持ちなさい」
ああ、そうでなければ『卑怯者』認定なのでしたね?
「同情するけどそれ程の力なのよ、私たちの未来を切り開く事が出来る・・・それ程の・・・」
なぜか悲しそうに笑い俺の胸に手を置き見上げてくる彼女は急に大人びて見えて、
そのせいだろうか、俺の力で押しつぶされてしまう・・・そんな望まぬ未来の世界が脳裏をかすめた。
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