第305話 プライスレス
王都を出発して三日目の昼、順調に街道を進み復路の半分を超えた事にホッとしている俺、クルトンです。
都度行っている狩りも順調で、持ってきた食料にプラスして一品、二品食事におかずを追加できるくらいまでになってきている。
「いや、正直旅の食事の方が村に居た時より豪勢なんですよね。こんなのに慣れてしまったらこれからの生活に耐えられるか恐ろしいです」
テヒニカさんがちょっと暗めに話をしてくる。
子供たちはそんな事も気にしないで「お代わり!」と元気なもんだ。
はいはい、いっぱい食べて大きくなれよ。
テヒニカさん達は建前上使用人として俺が雇う事になっている。
実際はテホアとイニマを俺が訓練して自立させ、王家が囲い込む為なのだがその話は今は良いだろう。
何れにしても選択肢は限られていたし、この状況がベストで有ることに間違いは無いのでとりあえずはこのまま進めよう。
商隊、傭兵の馬車も合計21台となれば隊列はかなり長い。
俺の馬車を合わせると22台、各々の馬の進む速さも少しづつではあるが違うので一番遅い馬に合わせないといけないし細々したトラブルも起きる。
途中でロバへ積み荷を括り付けただけの行商のおっちゃんらが、便乗して帯同する為に寄ってきたりもするから元々大きな商隊が更に大きくなって小回りも利き難くなる。
主要な街道なので騎士団も頻繁に巡回するから魔獣が出る事はほぼ無いのだけど、都市などの人類の生活圏、拠点を騎士が守るのと違い、街道を移動するという事はタイミングによっては野を流離う魔獣の索敵範囲に足を踏み入れる可能性も出てきてしまう。
こうなると人間に感づいた魔獣は何よりも優先して魔力が密集している場所、人間がいる場所に一直線に駆け寄ってくる。
つまり大きな商隊はより多くの人の魔力が集まっている事で魔獣に見つかり易く、一度見つかってしまうとその脚の遅さから逃げる事も出来なくなるというリスクが常に付きまとう。
まあ、小規模でも見つかってしまうと騎士が護衛していなければ全滅してしまう可能性が高いので、最初に言ったように街道その物の安全を確保する為に日夜騎士団が頑張ってくれているんだけど。
頑張ってくれているんだけど・・・”トンッ”。
ヒヒイロカネ製の弓で放った矢が獲物の首筋に突き刺さる。
それだけで絶命し、すかさずポムが獲物を咥え戻って来るが・・・。
「コレ、魔獣だよな?」
護衛の厳ついおっちゃんが脇に寄って来て話しかけてくる。
以前パジェが俺よりも先に見つけたパッと見たところ兎に間違ってしまう魔獣。
今回のは体毛が茶色で羊くらいの大きさ。相変わらず口には鋭い牙が有り、光を失った赤い4対の瞳が俺を見ている。
騎士さん達の話ではこれでも獣で言えば虎並みの脅威との事。
確かに魔獣ですね。
「昨日も1頭仕留めたよな?なんでこんなに寄って来るんだ。しかも何故か襲ってこない」
今の様に見つけたら俺が随時討伐している、被害は無いし少なくとも俺が商隊から離れない限り問題は起こらないだろうが確かに気になる。
こんな大きさの魔獣でも護衛の居ない商隊なら一頭で易々と全滅させられる。
通常魔獣は人間を見つけると狂ったように突進、相手を全滅させるか内包魔力が枯渇するまで暴れまわるもんだが何故か襲ってこなかった。
以前の『騒乱の凶獣』や『角付』なんかは容赦なく俺に向かって来たから、魔獣の本質は同じだろうから・・・俺が居るからか?
俺との力の差をハッキリ認識できるくらいに頭が良いのか。
でも、ならなぜ俺が居る所にわざわざ現れるのか?
実はこの程度の魔物は気付かれなかっただけで今までも割と居て、狩るのにリスクの低い人間たちを選別しているのか・・・。
それはそれで厄介だな。
魔獣の専門家でもないので考えても分かりはしない。
取り合えず血抜きをして今日のご飯に一品追加しよう。
・
・
・
何だかんだ言って、初めて魔獣の脳みそ食った。
いや、以前一回あるにはあったが、量が量だったので検証に協力してくれた加護持ちさん達へ他の食材と一緒くたに調理、一人分の量も少なかったものだから食べた印象がほぼ無かった。
それに今までは頭狙って仕留めたのは食べる事が出来なかったり、残っていたのも首ごと国に献上したりしてたから今回仕留めた魔獣が実質初体験になるだろう。
どうやって食うのが一番うまいんだろうと調理スキルをあたるとスープの具や焼いたりするのが良いみたい。
フグの白子と同じ感覚の扱いで問題なさそう。
であれば一口大に切り分け半分を串焼きにして半分を吸い物にしよう。
そうと決まればまずは魔獣の頭をカチ割り具を取り出す。
本来グロい作業なのだけど12歳から狩りをしていた俺はもう慣れた。
むしろうまいもんが食えるならこんな作業でも進んでやる。
昨日仕留めたのも併せて2頭、血抜きの魔法を使ったので相変わらず処理は完璧、しかも瞬間冷凍で保存していたから肝臓と一緒に鮮度は抜群だ。
けど、調理前の解凍をしくじらない様に、油断は禁物。
見た目兎なのに肉食だからなのだろう、体の大きさと比較して頭部が大きく顎が発達している。
つまり可食部の脳が思ったより大きかった、ラッキー。
解凍後に手際よく切り分け串焼き、吸い物を作り、仕上がったら直ぐに器に盛り分けるとなんだろう?香りそのものは控えめなのにやけに脳髄に浸透してくる。
早く食わせろと頭ではなく体が急かしてくる。
テホア達も同じなのだろう、4人ともソワソワしていたのでパンを配り終わると直ぐに「頂きましょうか」と言って俺が料理に手を付けると一斉に食べ始めた。
「「「「「・・・・、・・・」」」」」
ウメェ・・・言葉にならない。
調理スキルの恩恵があるとはいえ、調理設備も貧弱で調味料も限られる屋外でこれだけの味。
マジ旨い。
いや、コレは舌というよりそれを含む口内、食道、胃袋とそれぞれの器官から旨味が体に沁み込んでくる。
・・・前世で言えばこの旨味は毒だから、そう思えば納得する。
正しく俺らを殺しに来ている味だ。
予想に反して皆無口のまま静かに、そして速攻食事が終わった。
「クルトンさん、凄く美味しかった」
「美味しかった」
テホアとイニマも満足した様でニコニコ笑っている。
本当に美味しかったね。
「あの、その、これって王都でならお幾らくらいするものでしょうか」
食べ終わって正気に戻ったテヒニカさんが聞いてくる。
心なしか右手のスプーンと一緒に体が震えている。
「さあ?騎士団の人達に聞くと日持ちもしないので仕留めたその場、その日に食っちゃうそうですからそもそも出回らないんじゃないですかね?」
つまりプライスレス!
この子達の笑顔と同じ価値って事ですよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます