第304話 野良魔獣(無自覚)

王都の門付近、騎士の詰所の近くで待ち合わせをしている俺、クルトンです。



この世界の人達の朝は早いが、今日は特に早かった為にテホアとイニマは馬車の中で寝ている。

馬車の片方の椅子を跳ね上げ、広げた床へ厚手の毛布を更に何重にも重ね合わせて作ったマットを敷き、大きな枕を準備したら速攻寝た。

少しだけ揺れるそれも心地よかったんだろう、今も爆睡だ。


「本当にすみません。何から何まで」

客室から俺に声を掛けてくるテヒニカさん。


コルネンには5日間程かかりますから気楽に行きましょう、テヒニカさん達も椅子を跳ね上げて寝てて良いですよ。


「いえいえ!滅相も無い」



そんな話をしているとゴロゴロ、カラカラと車輪の回る音が聞こえてくる。


音のする方に顔を向けるとかなりの数の馬車が見える。

1、2、3、4・・・・19、20、21。


すげえな!

何処にこんな馬車が有ったんだよ、今まで全然見かけなかったんだけど。


本来ならこんな情報も事前に商隊、護衛の傭兵さん達と顔合わせ、打ち合わせで把握するんだが俺が忙しすぎて出席できなかった。

一応打ち合わせにはポックリさんに代理をお願いして俺の事は伝えてあるのと、『インビジブルウルフ』の名前で「ああ、なら大丈夫ですね」って感じで打ち合わせは済んだらしい。



そして今、御者席から降りて商隊が到着するのを待つ。

待ち合わせ場所の目印は身長2m弱の俺自身。



なのでさっき卸したばかりの少し派手目なマントを羽織る。

以前討伐した魔獣『騒乱の凶獣』・・・大層な名前だな・・・の毛皮で作ったマント。

コルネンに居た時に俺の体格に合う様に2頭丸々使って作った自慢の一品だ。


鞣している段階で既に魔力が毛皮の表面を走り、練り上げられるように密度を増していく様は臨界を迎えたウランを連想させ少々焦ったが、一定の魔力量に至ると次第に収まり、今度は表面のマジョーラカラーの色の変化が自発的に連続して起こっていた。


なにこれ?調子に乗って温度調整機能の付与をはじめ色々刻んでいくとその度に魔力が練られ内包する魔力量が増していく。


流石魔獣の素材と言ったところか。



その姿がとても綺麗でもったいなかったものだから今日まで使う事が無かったんだけど、目印には丁度良いだろう。


こんな時じゃないと使わないだろうし。

なんたって布では再現できないだろうマジョーラカラー、とっても目立つから。




そうして俺が凶獣のマントを羽織ると、向こうから聞こえる車輪の音の他に馬が嘶く声が加わった。


「おい、落ち付け!」

「どうしちまったんだ?・・・隊長、隊長!

駄目だ、馬が進みやしねえ」



完全に商隊が止まってしまった。

どうしたんだろう?


「ちょっと見てきます」とテヒニカさんに告げ商隊に近づいて行くと馬が嘶くだけじゃなく慌てた様に脚を踏み鳴らし、口から泡を吹くのも出だした。


商隊の人が慌てて事態を収めようとしている様だ。

「どうしたんだ、一体!?っっっっ!!!」



ああ、目が合ってしまった。

なんかテンパってる、既に見ないふりも出来ないし・・・手伝った方が良いだろうな。



俺は状況を確認しながら駆け足で商隊へ近づいて行った。



ヤバい!あれはヤバすぎる!!

何だ!?なんで王都に魔獣が、いやなんで二つ脚で歩く魔獣がいるんだ?


俺も魔獣は何度か対峙した事は有る、かなりヤバい奴らで騎士団と一緒じゃなきゃ間違いなく生き残れなかっただろう。


傭兵を生業にしているからには契約通りに仕事はするが・・・それでもコレは酷すぎる。


出発前に、ここ王都で魔獣に遭遇するなんて。



すぐそこに詰所が有るから間を置かずに騎士団が飛んでくるだろう、そして時間を掛ければ討伐はされるだろうが俺たちの命は助からないだろう。


ああ、なんてこった。




駄目だ・・・もう。



商隊の一番前に居る厳ついおっちゃんが膝から崩れ落ちてしまった、何か持病でも有るのか?体調が急変したか?

ちょっと急ごう。




「ゴルアァ!!!クルトン!!何やってんだぁ!」


うお!何ですか?

あ、おはようございます。


第3騎士団のスージミ大隊長が猛スピードで俺にタックルかましてくるが、そんなのでは倒れませんよ、ヘアッ!


俺に到達する直前にスージミさんの目線まで屈んで飛行機投げで地面に転がし、そのまま袈裟固め。


いやぁ、上手く決まった。

袈裟固めまでの流れる様な技はスージミさんに反撃する間も考える隙も与えない。

「うっ!」とか言って俺の下敷きになってる。



「参った、参った!クルトン、どいてくれ!」



はいはい、で、何でしょう?

サッと袈裟固めを解いて立ち上がる。


パンパンとマントを叩いて埃を落とすがホントすげえな、これだけで肉眼で確認できる埃は全部落ちていく。

手入れが簡単で助かる。



そんなウニョウニョ時間と共に色を変えるマジョーラカラーのマントを羽織る俺に向かい、

「その恰好は何だ?魔力量も風体も魔物その物だろう!

其処の商隊連中がパニック起してんじゃねえか!」

身体を起し胡坐をかいたままスージミさんが責めてくる。


え、マジで?

商隊を振り返る俺。


でも・・・なんか静かになってますよ?



「ああ・・・。もう諦めてんだよ。ほらあそこの奴なんか来訪者に祈ってんじゃねえか。どうすんだよこの状況」



いや、ホントすみません。

目印にと思ってたんですがこんな事になるなんて。


「はは、本当に生きた心地がしませんでしたよ。正直あのマントを羽織るのは勘弁してください」

最後はマジな顔で俺に詰め寄るおっちゃん。



あの後、急いでマントを脱ぎ誤解を解く為商隊に近づいて治癒と気付けの魔法を展開して事の収集をはかった。


一般の方達にはあのマントの魔力は量もさることながら、魔獣そのものの気配が含まれているそうで、顔を隠していた訳でもないのに俺を魔獣と誤認してしまったそうだ。


使いどころを選ぶ装備だな。

お洒落を気取ってあのマントを羽織って都市を練り歩いたら、恐慌で間違いなく大変な事になる・・・って言ってた。



そして今は何とか時間通りに王都を出発し、護衛も兼ねて商隊に帯同し街道を進んでいる。


そして俺の幌馬車の御者席にはあの屈強なおっちゃんが座っている。

ミーシカとポムは元気に馬車と併走して、俺は客室にちまっと座っている。




御者席のおっちゃんは傭兵の隊長さんで、スレイプニルが引く馬車の御者をしてみたいとの事で「ならば」とお願いした。


お詫びの意味もある。


「いやあ、羨ましいですなあ。スレイプニルと言うだけ言うでも素晴らしいのに、更にこれほどの体躯を誇る個体はそうはおりますまい。本当に素晴らしい」


このおっちゃんも馬マニアらしい。

馬つながりでスージミさんだけじゃなくフンボルト将軍やデデリさんとも知り合いなんだそうな。



「デデリ大隊長のグリフォンは未だ拝見した事が無いのです。

タイミングが合わず・・・。

本当にお願いしますよ、話を付けて戴く約束忘れないでくださいね」



デデリさんにアポ取ってグリフォンを見学させてもらえるように話を付ける約束をさせられた。

いや、コレは仕方ないんだけども。


ホント出発前のあの時はパニックになってて、確認したら馬が1頭骨折してたしね。

俺が治したけど大事な財産をダメにされるところだったんだから、そりゃあ・・・ねえ。



出発に結構なトラブルは有ったけど、何気にこの件で皆との距離が縮まった感じがする。

今回の商隊、傭兵さん達との旅は割と気兼ねなく進んでいきそうだ。


こんな感じが一番いい、何度も言うが俺の性根は小市民なんだから。

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