第302話 夜明け

王都での日々も終盤になると怒涛の様に過ぎていく。

早朝、馬車にテホア一家の荷物を積み込み同行する商隊との集合場所に向かう準備をしている俺、クルトンです。



ここまでの事を少し話そう。


治癒魔法協会の件、基本外から見える大きな変化は無いそうだがポシレマギエさんがもともと持っていた権限がかなり戻って来た様だ。

あの騒動で表舞台から距離を置く幹部たちが増えた様で、結果運営に口出しする機会が減ったみたい。

予断を許さない状況はまだまだ続くが、ポシレマギエさんが生き生きしていたから彼の目が光っている内は最悪の選択をする事は無さそうだ。


そして、やはりというかポシレマギエさんは王都一の治癒魔法師の他に一流の身体強化魔法の使い手だったそうで、最悪の事態が起こった時には命に代えて彼らをぶちのめす気でいたらしい。

取りあえずそうならなくて良かった。


まあ、協会その物が改善していかなければ俺の計画は止まる事無く続行していくけどね。




プサニー伯爵様へ贈呈した狼の置物も無事資産登録が済んで、結果プサニー伯爵家を煙たがっていた貴族達もだいぶ鳴りを潜めたよう、少なくとも表向きは。

プサニー伯爵はもう清貧ではなく徳の有る富裕層になったもんだから、敵対しようものなら他の貴族たちから相手にされず、政界から孤立する可能性を無視できなかったのだろう。

いずれにせよ真面目に相手する程ではないにせよ、今まで有った細かな厄介事をけしかけてくる貴族は減っていくだろうとの事。


でも資産登録してからさほど期間が有ったわけでもないのに貴族連中の対応の素早さには関心するやら呆れるやら。

そうでもないと敵対勢力に飲み込まれてしまうのか・・・仲良くやればいいのに。


プサニー伯爵様にそのスピード感で仕事も熟してほしいものだと俺が言うと「まったくその通りですな」と笑いながら同意してくれた。




ブラトル伯父さんへはアレキサンドライトの件で協力して頂いたのでヒューミスさんとお揃いの銀の指輪を拵えてプレゼントした。

小さいけどダイヤモンドが付いてるやつだ。


対になる相手の指輪の方向を向くとダイヤが淡く光る様に付与が施してある。

大体ではあるけどお互いの居る方角が分かる機能、特に役に立つ事は無いかも知れないけどなんかロマンチックじゃん?


「役に立たないことは無いと思うが・・・しかしロマンチックというのは同意する。普通に流行るんじゃないか?この様に指輪ならお揃いで付けていられるし」


そうですね、結婚の証だとしてもネックレスとかチョーカーは男性は身に付けませんしね。

今度ウリアムさんに相談してみよう。




改めて挨拶に行ったパジェにはフロスミア(オセロ)一式とポムの木彫りの置物とぬいぐるみをプレゼント。

大きめに作ったぬいぐるみは特にお気に召したようで抱きしめて始終ニコニコしていた。

一応パジェは平民だから”もしもの時”に備え、資金に変えられる様な高価な物の方が良いのかな?とも思ったのだけど、王家の庇護下に入るのなら贈り物は金銭の価値に左右されないものが良いだろうとこれにした。

今のパジェを見ると正解だったみたい。


「さようなら」の挨拶は悲しくなるから「また来るよ」と言って別れると、いつまでも手を振って俺を見送ってくれた。


うん、また来るよ。




昨日のうちに王城で他の方達にも挨拶はしてきた。


出稼ぎが終われば開拓村に戻る、次に来るのは何年後になるか分からない。

フンボルト将軍にそう伝えると

「そんな話は無駄だ、間違いなくお前は直ぐに王都に戻って来る事になる、間違いない。

次に一緒に飲むエールを掛けても良いぞ」

相変わらず俺の肩をバシバシ叩きながらデカい声で笑いながらそう言う。



『宿命』ですか?


「ええ、言い方はあれだけど『英雄』が背負う厄介事、試練の事ですよ、いい加減諦めなさい。

特に貴方にとって果たさなければならない試練は一つだけでは無いでしょうからなおの事です。

・・・ならば、せめて試練に立ち向かうその時まで、あなた自身が健やかであります様に」

ソフィー様が俺の為に祈ってくれる。


有難う御座います。

でも、いつでも運命、宿命に抗うという事は否応なしに後手に回ってしまうという事。


「ならば・・・運命が顔を見せた瞬間に返り討ちにしてやる」

ボッコボコにしてやんよ!

強く握った右拳を見つめ、そう呟くと「ふふ、期待していますよ」とソフィー様が優しく微笑んだ。



「準備は整いました、あとは我々が馬車に乗るだけです」

そうテヒニカさんが告げてくる。


では早速待ち合わせ場所まで向かいましょう。


今回の旅も準備万端です、往路より楽しい旅になりますよ。



「本当!楽しみだなぁ」

「楽しみ~」


朝も早いのにテホアとイニマも愚図らず元気いっぱいだ。


雲が無かったせいだろう、今まで肌寒かった気温も丁度昇ってきた朝日が照らす景色に温められて、俺たちを急かしてくる。


馬車を引くムーシカも荷物を背に載せ大人しく待っていたミーシカも昨日念入りに手入れしたお陰か毛並みが濡れた様に光っている。




じゃあ、出発しよう。

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