第301話 通りすがりのエゴイスト

王城に到着後、作ったばかりの幌馬車をムーシカに繋ぎ、資産管理部門の担当者ことフィナンツさんの奥さんがいらっしゃる施設に向かっています。

早めに幌馬車作っておいて良かったと実感している俺、クルトンです。



箱馬車と違い御者席と客室は幌1枚で仕切られているだけなので、今は上に巻き上げお互い雑談しながら移動している。


ポムは客室でへそ天で寝てます。

ますます野性薄れてんな。



「あの、先ほどの話は本当なのですよね?」

さっきからフィナンツさんが何度も聞いてきます。


必ず・・・とは言えませんが、何とかなると思っています。

何度目かの同じ回答をする。



先程、俺が奥さんの治療をしましょうと提案した所「?」といった感じで全然ピンときていなかったが、まあそうでしょうね。

俺が治癒魔法を使える事は王家、騎士団、軍上層部と特定の貴族以外は特に知らせていない。


積極的に隠している訳ではないので特に付き合いのない貴族の中にも知っている者もいる様だが、能力値を正確に把握している人は少ないだろう。


そう言ったことも有ったからだろう、フィナンツさんは全く知らなかった。

なので一から俺の治癒魔法の能力について説明した。




俺のその能力は厳密に言えば魔法ではない。

ゲームでは魔力を消費して行使する”スキル”に分類されていて、その証拠にレベルアップやイベントクリア毎に取得できる『スキルポイント』を消費して解放していく力だった。


この治癒魔法は攻撃魔法やデバフ魔法等の敵への攻撃に使うスキルと違い効果が100%発揮される。

つまり打ち損じ、失敗することは無い。


シンシアの膝やマチアスさんの腕、瀕死のレイニーさんを治療した時は俺の強い意思によってカスタマイズされた効果を発揮したが、完全にスキルに任せるのであれば一定量の体力をシステマチックに”必ず”回復する。


ゲームのプレイヤーのHP(ヒットポイント)は体力だけではなく、致命傷に至るまでの時間的猶予と言う意味も内包するシステム上の目安の数値だそうな。

だからこそプレイヤーはHPがゼロになるその時まで衰えることなく100%のパフォーマンスで動く事が出来る。


だからフィナンツさんの奥さんの状態が生まれつきではなく、後天的な問題であれば致命傷に至る前とスキルが勘違い、解釈して1回の治癒魔法毎に一定量分本来の有るべき状態に回復してくれるだろう。

実際今まで騎士さん達へ治療した場合もそうだった。


特に意識しなくとも複数回魔法を行使すればおそらく部位欠損も元通りになるだろう。

体力だけでなく怪我も一緒に”自動で”治るのだから。



「ここです」

ちょっとしたマンションの様なその建屋は、王城に努めている役人とその家族が利用できる保養施設との事だった。


でも実際の使用用途は多岐にわたり、社宅の様な使い方をしている人も居るし外国から来た役人の為の宿泊施設だったりする。


フィナンツさんは日中働いてるので、自分の代わりにお付きのメイドさんに奥さんの世話を任せているそうだ。

毎朝、毎晩顔を出しているそうで、お付きのメイドさんがいるなら自宅でのお世話でも良いのでは?とも思ったが、

「ここだと私が居ない時間も寂しくないと思いまして。妻以外に色んな人たちもいますし、皆優しい方達ばかりですから」

そうは言うが、これはこれでフィナンツさんが可哀そうに感じる。


自宅には特に使用人は居ないそうなのでずっと一人で家事をこなし、食事の時も独りぼっち。

独身なら特に思うことは無いけど、結婚後にこの様な生活だと俺なら泣いてしまうかもしれない。


なぜここに一緒に住めないのだろう?


受付を済ませて奥さんのいる部屋まで案内される。

ドアをノックしまずはフィナンツさんが入室、中を確認して俺を迎えいれる準備ができたところで中に招かれ入室すると、身体をベッドから起した奥さんが早速挨拶してくる。


「この様な姿で恐れ入ります、インビジブルウルフ騎士爵様。

夫のフィナンツがお世話になっております、妻のパネンカで御座います」


少々痩せてはいるがとても綺麗な方だ。

特に金色が混じったような艶のある赤銅色の髪が、気品ある雰囲気にとてもマッチしている。


「お初にお目にかかります、クルトン・インビジブルウルフです。

押しかける様な事になり申し訳ございません。

とても大事な事で御座いましたから今回はご容赦ください」


俺の挨拶が終わるとフィナンツさんが事情を説明しだす。

「お前も聞いてはいるだろう、インビジブルウルフ卿はあの『魔獣殺しの英雄』であらせられる。

当然ご多忙な身で本来ならお目通り頂く事も難しい御方だ」


奥さんは目を丸くし「まあ!」とか言ってるが、そんな大層なもんじゃないですよ。

本当ですよ、ちょっと前まで平民でしたし。



「そしてここからは大きな声では言えないが・・・高名な治癒魔法師でもあらせられる」

「!」


どうやら俺がここに来た理由を把握してくれたようだ。

しかし直ぐに諦めた様な目で「夫の我がままにお付き合い頂いた様で申し訳ございません」と俺に謝ってくる。


幾度となく期待を裏切られたのか、いや多分今まで治療した人たちも一生懸命持てる能力を注ぎ込んだのだろう。

何せ腰から下が無いのにもかかわらず普通に会話できるくらいにまで回復しているんだから。


それ故に、治らないのは誰のせいでも無いのだから・・・尚更その絶望を自分の胸に抱え込むしかなかったんだろう。




治癒魔法・・・少なくとも今世の俺には必要なかった。

幼少期から規格外に頑強な俺の体は今まで治癒魔法を必要としなかった。

ならなぜこの力が備わっていたんだろう?


ああそうだ、前世のMMORPGで取得していたから、恐らくただそれだけだ。


でも今までこの力で幾度となく救って来た。

大事な人たちだけじゃない、何物でもない俺の心も。


この世界の人達とは比べるべくもない頑強な体を持ち得た代わりにだろうか、未だ前世の価値観に引っ張られ人の不幸を見る度におそらく壊れてしまうだろう、俺の弱い心を。

これについては一切克服できていない、多分一生無理かもしれない。


でも構わないさ、目の前の不幸だけでも弾き飛ばす。


この力で・・・。




「これで失礼しますね」


ああ、あああ、有難う御座います。

この御恩は一生忘れません、ええ貴方様の為に残りの一生を捧げても構いません。


「はは、それは奥様へ贈る言葉ですよ。では」



枯れたと思っていた涙が止まらない。

私の胸に抱かれている妻も同じように赤く目を腫らし嗚咽を漏らしている。


「これでずっと一緒に居られます」

そうだね、一緒に家に戻ろう。


そして今までの分、全部取り戻すんだ。

私たちの時間を。

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