第300話 Funny joke

これで諸々の用事が完了しました、後は帰り支度の荷物をまとめるだけ。

館長にお礼を言って博物館から退館する。

そしてヒューミスさんをお屋敷に送り届けた後、行き先が同じなので資産管理部門のおっちゃんと二人きりで馬車に乗っている俺、クルトンです。


手配頂いた馬車で今王城に戻っている最中です。


カラカラと回る車輪の音を聞きながら外を眺めていると、おっちゃんが話しかけてくる。

「インビジブルウルフ卿、少々お伺いしたいのですが卿には婚約者はおいでで?」



う!痛いところを突いて来る!


平民でも、特に辺境の村などは成人するのに合わせて結婚するのは多くは無いが珍しくもない。

寿命が長いのに早婚が多いのは魔獣の脅威にさらされているこの世界で、子供を産み育てる期間を出来るだけ長く確保する為の常識と言って差し支えない程に普通の事だったりする。

本人同士は勿論、両家の親もよっぽどの事が無い限り反対することは無い。


家族を養える甲斐性が有る事が大前提ではあるけれど。



貴族であれば男女共に成人前には婚約者がいて、成人後に男性が家督を継ぐタイミングかしっかりした仕事に従事して実績ができると「そろそろ結婚するか」となる。


俺の場合はそもそも捨て子だったし、村でも同年代の女性からは一歩引かれた様な扱いを受けてきた。


誤解してほしくないのは彼女らが俺をハブっていた訳ではない。

俺以外に魅力的な男性はそれなりに居たし(顔面偏差値で言えば明らかに俺以上の人達ばかりだった)、あの村の中では俺の体躯はかなり大きく異質で単純に怖がられていたからだ。



思い起こせば俺も俺で、

度々村に来る騎士団さん達とつるむ事が多かったし、

スキルの検証や熟練度、身体能力の向上の為にトレーニングに明け暮れていたし、

身体が大きかったことで皆より早く畑の世話や狩猟などの仕事を熟していたから、同年代で俺だけ皆と触れ合う時間が少なかったかもしれない。


誤解されていたのかもしれないな、けど最近までそれに気づく事も無かった。



「そうですね、なんだかんだでタイミングを逸していたように思います」

色々な過去の出来事を思い出し、考えがとっ散らかったまま回答してしまう。


そして「ああ、未だご縁が無くて。全くお恥ずかしい」と、質問に対し微妙に主旨を外した回答をしてしまった事に気付いて慌てて言い直す。



「左様でございますか・・・お相手のご紹介を受けた事も?」


そうですね、無いです。

冗談でしょうが自分の孫をと10歳にも満たない方との話は人伝いに聞きましたけどね(笑)。



「事情がおありなのかもしれませんが・・・お節介とは思いますが卿の名声、財力が有れば何方かに仲人を依頼した方が宜しいかと。

それこそソフィー女公爵様など適任かと思いますが、なんだかんだ言ってもとても面倒見の良い御方ですので」


今は騎士爵ではあるが、元平民の俺に貴族の最高位である公爵が仲人する事が慣例からしても許されるのだろうか?

ちょっと無理筋の様な気もする。


せめて騎士の二つ上、伯爵様が限界では無かろうか。


「ええ、通常はそうなのでしょうがインビジブルウルフ卿は特殊で御座いますから。

お相手に対して他の貴族たちが口出しできるような状況ですと少々面倒な事になりかねませんし、その点ソフィー様が仲人として取りまとめた御方であれば何方が選ばれたとしても何とでもなります」

公爵が後ろ盾になるって事ですか、なるほど。


「仮に貴族でなくとも『来訪者の加護持ち』、『精霊の加護持ち』の方達なら卿の名声にもつり合うでしょう」



何れにしても俺に嫁いでてくれるならそれで構いません。


なんたってこの国の女性の顔面偏差値は前世の美人女優と言われる人達と比較してもかなり高い。

正直『顔』で選ぶなら誰だろうと俺の好み、その位に皆美人さんだ。


この特徴は男女共通で、新人類の半身を担う『精霊』、人工生命体の影響なんだろうと思う。


俺のそんな想像を裏付ける様に、人工生命体への先祖返りである『精霊の加護持ち』パリメーラ嬢なんかは特に顕著で、それはそれは人形の様に整った顔立ち。

不用意に見つめてしまうものなら寒気を覚え俺のSAN値がゴリゴリ削られる感じがするくらいだ。



「ソフィー様に相談してみましょうか?」

いや、そこまでして頂かなくても・・・って、なんかものすごくグイグイ来ますね?

何か事情がおありで?



逆に俺が聞き返します。

だって会って1日も経ってないのに結構ヘヴィーな話をぶち込んでくるじゃん?


「・・・」

あの、話したくなければ別に構いませんよ。



俺が質問した時にきつく閉じた瞼をゆっくり開けると、先ほどより一つトーンが下がった声色で話し出すおっちゃん。

「私の恥をお話する事になりますが・・・実は妻は魔獣に襲われて腰から下を無くしてしまったのでございます。

あの時、ほんの僅か私が間に合わなかったばかりに・・・私が書類に気を取られていなければ、妻の側から離れていなければ!」


「当然子供を授かる事は出来ません。

ですのでそんな魔獣(仇)を討って頂いているインビジブルウルフ卿へは勝手ながら何かしらの御恩をお返ししたいと常々考えておりました」



・・・重い、重すぎる。


自分の不注意で子を持つ事が出来なくなった、その贖罪の為に俺に限らず前途明るい若者たちへのお節介を色々焼いてきた、そう苦しそうに笑っている。


マジ辛れぇ、俺が。

当事者が一番辛かったのは重々承知してはいるのだけど、こんな話しは苦手なのよ。平和な日本でのうのうと生きてきた記憶が有る俺には。



でだ、ちょっとその奥さんに会ってみましょうか、治りますよ。


「え、冗談でしょう?」



そんな品の無いジョークは言いません。

俺のジョークは笑える事で評判なんですよ。

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