第293話 治癒魔法師の一族

プサニー伯爵様の屋敷を後にし治癒魔法協会へ向かっている俺、クルトンです。


今回は認識阻害を使わずお邪魔します。

因みにアポイントメントは取っていない。




王都にも慣れて土地勘も身に着けてきた。

街中をスレイプニルに乗って歩いても以前ほど騒ぎになる事も無く、衛兵さんに通報されるトラブルも減ってきた。


とはいえ治癒魔法協会の玄関口までスレイプニルで乗り入れると流石に目立つ。


「(ビクッ)ヒッ!」

入口を通り抜ける時にすれ違う職員と思われる女性から驚かれるがそのまま受付に挨拶、事前に場所は分かっているから迷うような事も無い。


「インビジブルウルフ騎士爵です、近々王都を離れるので一言挨拶に来ました」


「え、は、ハイ、少々お待ちください」

受付の職員は気圧されたように事務所奥に行こうとするが、ハッとして改めて俺に問いかける。


「あの・・・どなたに御取次すれば・・・。

その・・事前のお約束は・・・」


まあ、当然だよな。

ワザと言わなかったのだけどその辺はやっぱりしっかりしている。



「責任者・・・そうですね奥の部屋にいる『室長』と呼ばれている方が良いでしょうかね。

あと事前の連絡はしていません、不躾で申し訳ありませんが私が来た旨だけでもお伝えいただけませんか?」


「承知しました、お伝えするだけですよ」

何故か柔らかく笑った職員さんは、最初に向かおうとしたであろう奥の部屋の方へ歩いて行った。




凡そ体感で10分くらいだろうか、受付の方が戻って来るまで職員さん達の視線を受けながら待っていると腰はピンとしているものの小柄でくたびれた感じのお爺さんと一緒に受付の方が帰って来た。


単純にお爺さんの歩く速度に合わせたから遅くなったんじゃね?

あと杖使った方が良いんじゃね?


って言うか初めて見たな、この人。

幹部と思われる連中にはいなかったはずだ。



「お待たせしました」と軽く俺に頭を下げた後、受付の方が連れてきたお爺ちゃんの紹介を始めます。


「此方、治癒魔法協会創設者の治癒魔法師レチバマギエ様の直系の子孫で、後継者のポシレマギエ様です」


「よろしくな」

かなりの大物が出てきたな、オイ!!


取りあえず右手を出してきたので握手します。

身長差が結構あるので俺中腰で。

「初めまして、クルトン・インビジブルウルフ騎士爵です」


「噂は聞いているよ。さて、時間は有るか?

向かいの宿の食堂で何か飲みながら話そう」


はあ、構いませんが・・・受付の方をチラリと見るとニッコリ頷いている。

え、良いの?


「はい、問題ありません。お祖父ちゃんの相手お願いしますね」


お祖父ちゃん?

「ああ、娘の子。儂の孫じゃ」


へえ、縁故採用ですかね。

この世界じゃ当たり前だから俺がとやかく言う事ではないが、この短い間の印象でも王城内の侍女さんでも十分通用しそうな教養を感じる。


頭の良さというよりも育ちの良さ、人の感情の機微を敏感に感じ取る力って言うのかな。


「ほうほう!やはり噂通り見込みが有るのう」

俺の腰のあたりをパシパシ叩きながらそう言ってくるポシレマギエさん。


あ、どうも有難う御座います。


俺の前をペンギンの様にチムチム歩くポシレマギエさん。

その速さに合わせて向かいの食堂に歩いて行った。



「それでなぁ、治癒魔法は下の下。なのに奴らときたら権力闘争にはやたら積極的で、儂らはそんな事に興味が無かったから気付いたら幹部の席の過半数を取られてしまってなぁ。

いやあ参った、参った」


酔っぱらっている訳でもないが、酒が入ると初対面で感じた陽気な雰囲気がさらに増して上機嫌で治癒魔法協会の内情を話してくれる。


上層部の人間がこんな簡単に、しかも正体を隠さずに公の場に現れるなんてめったにない事らしく、王家の裏の部隊の方達が気付かれない様に俺たちのテーブルを囲み、ポシレマギエさんの発する言葉を聞き漏らすまいと必死になっている。


索敵で確認したがこの店食堂の客の内、四分の一が裏方の人達みたいだ。

店に入る時点ですでにスタンバっていて、俺たちが案内された席も予めそこになる様に準備、誘導されていたみたい。

流石行動が早い、多分収音ゴーレムを使った相互通話が役に立ったんだろうな。


何れにしても超有能。



「そんでな、儂もこの協会で人の上に立つのであれば魔法の一つも後身に指導できなくてどうすると、教えてやるからちゃんと腕を磨けと口酸っぱく言っておったもんだから閑職の”治癒魔法筆頭講師”に追いやられてしもうてなぁ。

まあ、若い奴らと仕事ができるんでそれは楽しいんじゃが、今度はそれが気に入らないのか”名誉”治癒魔法筆頭講師とか分け分からん肩書にしおって執務室に閉じ込めよる。

お陰でここに通うのも億劫になってしまってのう・・・」


それでいなかったのか、納得。


「まったく、卑屈すぎるんじゃよあいつらは。人の足を引っ張る事にしか才能を使わん愚か者どもじゃ」

グビリとエールを煽って一息つく。


予想はしていたが協会も一枚岩ではない様だ。

創設者の一族であり自身も優秀な治癒魔法師であるポシレマギエさんを、閑職に追いやる事に反発する協会員も多かったそうだが、そう言った人たちは総じて治癒魔法の能力が高く、日常の業務である患者の対応へ追い立てられて有効な反論、抗議も出来なかったみたい。


この辺もやっぱり狡猾だな。

患者を蔑ろにできない魔法師達の善意を利用した形だ。


「で、あれじゃろ?この前の診療に来る患者が激減したのも原因はお主じゃろ?」


スルリと隠しておきたい話の核心に入り込む話術、危うく「その通り!」とクイズ番組の司会者の真似をしそうになったよ。

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