第292話 狼の分身

はい、忙しなく王都を走り回っている俺、クルトンです。



王都で俺が関わった事業、仕事についての総仕上げ・・・と言うのは大げさだが宝飾ギルド、鍛冶ギルドなどの各ギルドや各工房、プリセイラ皮革工房に行商関連で物流ギルドを立ち上げ中のポックリさん等々に挨拶や状況の確認をする。

特にウリアムさんやニココラさんに譲渡している工作機械、量産機製造設備の状況も問題ない旨確認する。


居酒屋魔の巣で市井の状況を聞き、テホア家族へコルネンへの出発日を連絡して軽く打合せも済ます。



ムカデ型収音ゴーレムについても、

「ムカデ型収音ゴーレムを2対使えば相互通話できんじゃね?」

って事に気付いてソフィー様に伝えたら「気付かなかったわ・・・有難う、有効活用させてもらうわ」とのお言葉を頂戴して広報部を後にする。


祭りはまだ終わらない。



面会を申請していた後宮に顔をだしてパジェへの挨拶、近衛を含む騎士団員さんやフンボルト将軍を筆頭に弓兵のアルケロさんや顔なじみになった軍の皆さんへもコルネンに帰る日を伝えて最後にプサニー伯爵様の屋敷に向かう。




ムーシカに跨りポムを引き連れ屋敷に到着、門を開けてもらいムーシカを預けるとそのまま玄関を通される。


「インビジブルウルフ卿、お待ちしておりました」

プサニー伯爵自ら玄関で出迎えてくれる。


俺が私用での面会を求めた所プサニー伯爵はワザワザ休暇を取り、予定に合わせてくれこのように屋敷で待っていてくれた。


正直「ここまでしてくれなくても」とも思うがこれが彼の誠意の示し方なんだろう。

特に何も言う事無く好意に甘えさせて頂く。


質実剛健その物と言ったような、質素とも感じられる応接室に通されお茶を出される。

この部屋の装飾、雰囲気は嫌いじゃない。

華美でないだけで椅子やテーブル、絨毯等はそれなりの年代物では有る物の材料も良い物を厳選し、一流の職人が仕立てたものだと分かる。


それがこの空間に調和し、元日本人の俺からすればわびさびを感じる落ち着いた部屋だ。



軽く挨拶をかわし近況の話題に続けて近々コルネンに戻る事と治癒魔法協会は然るべき組織が現在フルタイムで監視していると伝える。


「左様でございますか、治癒魔法協会の件ではお力になれず申し訳ございません」

軽く頭を下げてくるがそれこそプサニー伯爵の責任ではない。


向こうが主導権を取ろうと、メンツを保とうと下手を打った結果だ。


彼の顔に泥を塗った報いは来年度の補助金申請の時に受けるだろう。

近隣諸国と比較してもかなり緩い風紀であるとはいえ、ここは現神である国王陛下をを頂点とする間違いようの無い封建国家だ。

それを軽んじた事をきっと後悔する事になる。


「そうではあるのですけどね。

しかし私にもプサニー伯爵家当主の自負が有ります。

本来の責務を放棄するような、そんな無責任な者達に軽んじられる事は許容できません」


厳しい顔でそう言うが「ああ、あそこの幹部たちの事ですよ。実務をこなしている診療所の者達には同情しているくらいです」と付け足す。


ここで俺が治癒魔法協会の競合組織を立ち上げる事を打ち明ける。

人員確保の為に協力してほしいというお願いも一緒に。


「ええ!勿論。

何度も言わせて頂きますがインビジブルウルフ卿は妻と息子の恩人です。

この御恩、貴方がタリシニセリアンに敵対しない限りプサニー伯爵家は忘れる事はありません」


「敵対する事になったら一族たちの為に当主の私の首で勘弁いただきたい」

俺に歯向かえばどうなるのか分かっているのだろう、軽く冗談の様に話す。


やはりこの人は強い、日常のいかなる時も覚悟が既に決まっていて、それが揺らぐことが無い。

これだけで俺はこの人を尊敬する、彼が持っている強さは未だ俺が持ち得ていない強さだから。


俺にも子供ができれば得る事が出来るのだろうか。

いや、ここと比べて遥かにぬるい日本で過ごした時の記憶では、子供が生まれたところでそんな覚悟なんてした事無かったな。


前世と環境が変わっているとはいえ、この世界では最初から規格外の力を持った俺にそこまで生きる事に神経質になれるだろうか。


強い力も考え物だな。

手放す気は絶対に無いけども。



希少な時間を戴いてまでお願いしに来た競合組織の人員確保の協力依頼。

それについて良い返事を戴けた事でバッグからお礼の品を取り出す。


「こちらはお礼の品になります、どうぞお納めください」

桐箱の様な器をテーブルに置き、その中から狼の置物を黄緑色の絹に包まれたまま取り出して広げる。



「見事な狼の置物ですね。リメリル伯爵から聞き及んでおりますがこれはやはり・・・」


ええ、ダイヤモンドで拵えています。

大きさで言えばリメリル伯爵様へお納めしたピンクダイヤよりかなり大ぶりな物になります。



「本当に宜しいのですか?これが有れば故郷の開拓村の事業は成功したも同然でしょうに」


そうですね、資金面で言えばそう言えるかもしれません。

でも、何と言えばいいのでしょうかね・・・。

そう言った資金で進められる事業は故郷の人達にとって毒になると思うのです。


俺はお金その物に貴賤は無いと思っていますが、降って湧いた様なものに頼るのは・・・俺の気持ちの問題なのですけどね。


でも、お金でしか解決できない、どうしようも無い事が有れば迷う事なく俺の技能で金策、解決するでしょうから大きな事は言えないのですけど。



「ははは、正直な方だ。

つまらないメンツに拘らない、その柔軟な思考が貴方の強さでもあるのでしょうね」


いえいえ、それで受け取って頂けますでしょうか?


「ええ、有難く頂戴いたします。

任せて下さい、これが有るだけで当家の発言力が増すのですから有効に活用致しますよ。

勿論ご迷惑もお掛けしません」



良かった、とりあえずはプサニー伯爵様も俺の後ろ盾になってくれるようだ。



じゃあ次は最後の挨拶、治癒魔法協会に行こう。



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