第291話 「そんな悲しい事にはならんよ」

何処からともなく現れた翼竜たちが、また俺の頭上を旋回しだした。

念の為警戒している俺、クルトンです。


先日の『魔力石』の件も有る。

悪意はないようだがあの高さから自由落下してくる石は正しく凶器なので警戒は怠らない。



しかし良く俺の事を見つけられるな。

べらぼうに目が良いのか別の何かで判別しているのか。


夜にもかかわらず幼体の翼竜を見つけ、俺たちのキャンプに突撃してきた成竜の件も有る。

人間とは違う何かしらの特別な器官が有るのかもしれない。


でも、かなりの高度でほぼ真上から、俺の頭の天辺しか見えていないのに分かるって事だよな。

どう言う事だろう・・・考えても分からん。


とりあえず午後のおやつを食べて休もう。



今日はパンとソーセージ、みじん切りにした玉ねぎをたっぷり使ったビネガーソースを準備した。

早速温めて済ませてしまう。


ポムには専用の減塩ソーセージを準備、これも温めて渡す。


モッシャ、モッシャと頬張り景色を眺めながらおやつを済ませると、直ぐにその場で寝転がる。


ああ、気持ちいい。


このまま目を閉じ昼寝でもしたいところだが未だ頭上を旋回している翼竜が気になる。

なので目を開けて警戒しているが正直眩しい。


そう言えばと、一旦置き上がってバッグから以前作った遮光器を取り出してかけると、また寝転がる。


うん、良い感じ。

ちゃんと見えるし刺してくる様だった光も柔らかくなった。



けど、よくよく考えてみるとこんなに頻繁に翼竜を見れるなんて珍しいよな、最近まで一回も見た事無かったのに。

グリフォンに乗るデデリさんでもそんなにない体験だからなぁ。


相変わらず旋回している飛竜を眺め、思考を巡らせているとチラリと黒い点が見えた。


何か段々近づいてくるような・・・やべっ!

慌てて跳ね起きその場から3、4m程だろうか、転がる様に身をかわす。


”ドン!!”

当たったらフルプレートメイルの騎士でも死ぬぞって位の石が落ちてきた。

地面が草、土とは言え割れる事も無く結構な深さでめり込んでいる。



何だよー、危ないじゃんかよー。



再び空を見上げるともうそこには翼竜の姿は無く、傾きかけた陽が淡い朱色を纏い始めているところだった。



「で、今度はこれを手に入れたと」


あの後速攻で王城へ帰還、忙しい仕事のところに都合付けてもらって宰相閣下に報告しに来ています。


テーブルの上には俺が提供したカップケーキの他に重量30kg弱だろうか、形は玉砂利の様な黒い石が置いてある。


火サスの灰皿も真っ青の重量感を持つ、鈍器にしてもエグすぎる石。

しかし作りが良いのだろうな、こんな重さでもビクともしないテーブル。さすが宰相閣下の執務室の家具。



「これも魔力石なのか?」

スプーンでカップケーキを掬いモグモグしながら聞いてくる。


左様で御座います。

これ程の逸品、他では滅多にお目にかかれませんで御座いますです。


「まあいい・・・お前から預かっている魔力石だがな、学者たちが文字通り魔力が結晶化した物だろうと見当をつけたようだがまだそれだけだ。

何も分からんばかりじゃ前に進まんから付けた『見当』と言うのも仮説の仮説の様なものでな。

お前から教えてもらった『魔力石』の名称からのイメージ、ただそれだけなんだよ。

そんな研究も始まったばかりで次のサンプルか・・・有難いやら戸惑うやら」



お話を聞くに今までこの様な鉱石なんかは発見された事無かったんでしょうね。

もしくは『ただの石』として気付かれもしなかったか。


見た目は正しくただの黒い石ですし。


「そうだな。

さて、まずはこの石がどういった物なのかの検証が先だろう、有効な利用方法を見つけるのはその後だ。

オリハルコンもお前がこの王都に来るまで長らくの間、城の宝物庫に死蔵されていたからな。

そう考えれば将来必要になる事も有るだろう、もしかしたらこれを発見したその時が歴史の分水嶺だったかもしれんぞ(笑)」



あり得る事ですけどそれは後の歴史家に判断を委ねましょう。

凶悪な兵器に利用されて俺が極悪人と歴史に刻まれる可能性も有りますからね。



「大丈夫、そんな悲しい事にはならんよ」


そう言った、いつになく優しく微笑む宰相閣下が印象的だった。



前にも言ったが『魔力石』と言えば前世のMMORPGなら魔力を一定量回復させるアイテムだった。


つまり同じような使い方ができるのではないか?

単純にそう考える俺。



いや、素人考えは止そう。

この国の専門家、学者、研究者はお世辞抜きで俺なんかよりよっぽど優秀だ。

時間はかかっても堅実に実験、検証結果を積み上げ正解に近づいて行く事だろう。


俺は前世の記憶にある先人が残したアイディアをただ具現化しているだけなんだから、彼らの検証に割り込むような事は求められてからにしよう。


人類がこれを扱う水準にまだ至っていないかもしれないし。



それに何よりこれ以上首を突っ込んだら間違いなくコルネンに戻れなくなるからな!




もう直ぐコルネンに戻る、そしてさほど期間を開けずに出稼ぎも終了して故郷の開拓村に帰る。


だからこれからの仕事は最後の仕上げ、引継ぎに注力していかなくてはならない。


俺の痕跡を隠し、俺が関わった分野の第一人者へ『第一人者』たるその事を自覚してもらう為に詰めの作業が始まる。



この痕跡を隠す後始末はある意味成功したと言われている。


それまで、不明瞭な存在ではあったものの『インビジブルウルフ』の称号は度々歴史の表舞台に現れるが、『クルトン』の名は後のインビジブルウルフ家から王家に輿入れする嫁御が現われるまで『インビジブルウルフ』程注目される名では無かった。


インビジブルウルフ家から王家に輿入れする事が内定し婚約が公表されたその時に合わせ、生前のクルトンと親交が深かったクロムエル公爵家、サンフォーム侯爵家、フォークレン伯爵家、辺境伯を含む各貴族や商会、ギルドに果ては国軍OBや王家からもクルトンに関わる口伝、史実、伝承が提供され一冊の報告書としてまとめられる。


これは自由騎士でもあった『クルトン・インビジブルウルフ騎士爵』が生涯成した功績をまとめたもので、本来一代限りで最下位爵位の『騎士爵家』であるインブジブルウルフ家の娘が『王家』へ嫁ぐに値する血筋だと証明する為に編集された物であったが、クルトンが『チェルナー姫の腕時計職人』(つまりは補助具の腕輪の開発者)である事と、更に『魔獣殺しの英雄』と同一人物であった事が話題となりインビジブルウルフ家の『本来の』知名度が貴族たちにも認知されていく事となる。



そして、この報告書はクルトンが国中を旅してまわった記録(旅行記)や家族がしたためていた日常の出来事などをインビジブルウルフ家が加筆校正、監修の後に『クルトン回顧録』として出版される事で、更に一般市民にも認知されていく。


なお、回顧録にあるクルトンとパリメーラ・サンフォーム姫との婚姻の切っ掛けになる事件、開拓村への『野盗襲来事件』の件は演劇として仕立て直し、繰り返し上演され後に誰もが知る当たり前の人気演目となっていった。


この為、当時のインビジブルウルフ家の収支報告書には当主の本業であった騎士爵の給金を遥かに上回る雑収入が回顧録の『原作使用料』として記録されていたそうだ。

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