第290話 気付かぬ日常
「渡すなとは言わないが取りあえずソフィー様を通せ。
財務に携わるプサニー家に高額な贈り物は要らぬ誤解を与える、絶対に」
レイニーさんから思いのほか強い言葉で諭される俺、クルトンです。
「ちゃんと手順を踏んで渡せよ?俺らにしたように渡すと後々本当に面倒臭いんだからな」
え?そうなんですか。
知られると変な貴族が寄ってくるとかそんな事ですか?
なら気付かれないようにコッソリ渡しましょうか、それこそ寝ているうちに枕元にとか。
「絶対にやめろ!」
「Yes sir!」
さて、寸劇も終わったところで足回りの部品作成再開しましょうかね。
その日のうちに足回りの部品は出来上がり、翌日素材が届くと本格的に作業が始まる。
持久走だろうか、フル装備のまま訓練場をグルグル走っている騎士さんの後ろを、追い立てる様に走っているポムを眺めながらこっそりハウジングを展開すると、クラフトスキルと併用して見る見るうちに馬車が出来上がっていく。
いつも通り模型を作ってシミュレーション済みだからハウジングのバフを受けたクラフトスキルでは何の問題も起きず瞬く間に幌馬車が完成した。
何か段々ゲームの感覚に近づいてきた感じがする。
『開始』のボタンを押せば次の瞬間に現物が出来上がっているあの感じ。
完成後、外観確認の為に一回りした後中に入る。
俺のガタイでは屈んで移動しないといけないが、馬車内はテホア家族の4人がゆったり座れるし、客室内に荷物のスペースも確保してあるから移動時の不便はあまりないと思う。
室内両脇に長椅子状にしつらえているそこを跳ね上げれば、親子4人で横になるくらいの広さも確保できるし幌だからか箱馬車よりも室内の圧迫感も少なく感じる。
それに俺が室内を歩いても”ミシリ”ともしない剛性が頼もしい。
「廉価版とは言えなかなかだな」と自画自賛。
早速ムーシカを繋いで試走してみよう。
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カラカラカラ・・・。
ベアリングに支えられた車軸の先を回る車輪が、今までの馬車より軽やかに転がっているように感じる。
速度は抑えているが馬車その物が軽いからだろう。
しかも天井が幌だから腰上の重量が軽く、その為箱馬車より重心が下にあるので旋回時の姿勢の乱れがかなり少ない。
ここまで顕著に違うなら今後作る箱馬車は天井をドライカーボンに統一しようかな。
ムーシカに引かれた幌馬車は一般的な馬車より「少し早いかな?」程度の速度で街道を南に進んでいる、海の方角だ。
この国で一般的に使用される塩は海から作るのが4割を超えるそうだ。
それ以外は丘で取れる岩塩とベルニイスからの輸入。
そんな事もあって海塩を満載した馬車と何回もすれ違う。
因みにベルニイスは海が無いのに国内に塩湖が点在していて、しかも結晶状態で存在している為かなり簡単に採取できるチート持ちの国。
そこの塩は国内需要を満たすだけでなく、備蓄分も確保したそのうえで結構な量を輸出している。
その輸出から齎される収益が国の財政を支える屋台骨の一つだとか。
当然友好国であるこの国もベルニイス産の塩を輸入している。
必ず売れるもんね、塩は大事。
”バキ!ガタン!!”
「ああ、やっちまったかぁ、面倒くせえなぁ」
俺たちとすれ違った荷馬車、おそらく塩を満載した馬車が立ち止まる。
スレイプニルが珍しかったのだろう、見とれていた御者が操作を誤ったか街道から車輪が外れ、その衝撃で車軸が折れ木製の車輪も割れている。
想定している量以上の塩を積んでいる事も影響していると容易に想像できる。
見ただけで分かる位の量、積載オーバーだ。
しかし行商さんだろう、御者をしていたその人は慌てず手慣れたように積み荷から結構な大きさの革袋?の様なものを取り出し馬車の下にそれを潜らせると魔力を練り始めた。
次第に魔力がその人の周りに漂い始めると、袋の口の所から空気が入ったのか段々膨らみ始める。
・・・エアジャッキか。
なるほどね、風魔法のこういう使い方も有りだな。
丈夫な袋に少しづつでも圧力を込めて空気を詰め込めればこういった使い方も出来るよね。
やがて馬車が浮くと水枕の締金具の様なもので袋の口を止めてまた魔力を練りだした。
今度は車軸と車輪それぞれに手を当てるとその場所から緑の蔓が生え、折れた軸と割れた車輪に絡みつきながら蔓の密度が上がっていく。
やがて軸は真っすぐに、車輪はちゃんと円を保つ形状でつなぎ合わされた後に緑の蔓が茶色く変色していった。
「さてさて」
今度は行商さんが 釿(ちょうな)?を取り出し出っ張っているところを”スコン、スコン”と削って・・・作業が終わった様だ。
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「・・・珍しいか?」
話しかけられました。
こちらからご挨拶すればよかったですね。
見事な魔法でしたね、とても勉強になりました。
「そ、そうか?いやぁ、これでも魔法は得意なんだよ」
はい、とても参考になりました。
因みにその革袋みたいなのは売ってるんですか?
作ってしまえばそれまでだが、売っているのなら職人の為にも買っておきたい。
俺にとって使い物にならない位貧弱な物なら、そこで初めて自作しよう。
「これかい?売ってないよ、革職人に作ってもらった一点ものさ」
ほうほう、なかなかのアイディアじゃないですか。
商品化しないんですか?
「俺の魔法じゃないと無理なんだよな、普通の風魔法じゃ物を持ち上げる位の力が出せないみたいでね」
それなりの圧力掛けながらじゃないと無理だからか・・・魔力で動くコンプレッサーとか作った方が良いかな。
そう考えていると行商さんがチラチラ俺の馬車の方を見ている。
「あれってスレイプニルだろ?も、もっと近づいて見ても良いか?」
と問われ「良いですよ」と答えるとゆっくり近づきムーシカを眺めている。
そして一頻り眺めた後、「良い物を見せてもらった」と塩を一袋くれた。
「いえいえこちらこそ良い物(魔法)を見せてもらいまして」とお礼を一言告げて激甘ナッツ棒をおすそ分け、そして再び南に向かう。
ほら、こんなところにも俺が知らない、思いもつかない事があって、
いかに俺自身が未熟な人間か思い知らされる。
だから、だからこそワクワクするじゃないか。
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