第289話 目力

鋳造の看板を拾い上げ、台車に載せている俺、クルトンです。

はい、ハウジング等スキルを使うまでも無くゴリ押しの力技で掴み上げました。



「いやあ、すまねえな。持ち上げる為の吊り具持ってくるにも場所が狭くてな、持ってくるのに一回バラさなきゃならんかと思ってウンザリしてたとこだったんだ」


まあ、別に大した事してないから良いんですけど。


眺めているとこの工房のお弟子さん達だろうか、吊り具の下に台車を持って行き看板を持ち上げ、箱に移し替えている。


「今後チェルナー鋼を取り扱う工房に配布するんだ。

ギルドからの提案で進めたもんだから製作費用はギルド持ちだが、それに見合うリターンは回収できるだろうよ、なんたって姫様の名前を冠した『チェルナー鋼』だからな」

シベロさんご満悦の表情。


それは良いんですけど、あんなのどこに備え付けるんですか?単純に重すぎでしょう。

せめて鋳造の中子の型を工夫して肉抜すればよかったのに。


「ああ?重くなきゃ簡単に持ってかれちまうだろうが」

いやいや、「何言ってんだ?」みたいな感じで俺を見ないでください。


鋲ででも止めれば良いんじゃないですか?


「はあ?そんなの役に立つわけないだろう、タガネとハンマーで何とでもなるだろうが」


そこまでして盗ってくとなれば同業者なのバレバレでしょう、ってか看板って盗まれるんですか?


「金属は金になるからな」

もう・・・なら普通に木材で作れば良いと思います。



「何言ってんだ、鍛冶屋の看板は自分たちの店の顔、腕をの良し悪しを一番最初に判断してもらう商材みたいなもんだ。

手は抜けねえ」


いやいや、なら素材渡して各工房で自分たちの意匠を凝らした看板造って貰えば良いじゃないですか。

幾ら鋳造型の費用償却する為とは言え話が矛盾するでしょう?



「・・・確かにそうだな」


今気付いたんですか?!




「確かにそうだなぁ、失敗したかなぁ」とうんうん唸りながら脳内反省会を繰り返すシベロさんを見かねて、


「『チェルナー鋼』の製造方法は今のところ秘匿する事になってますから製造、販売するにも国の認可が必要になるのでしょう?

ならギルドから配布されるこの看板を認可証の代替品にすれば良いんじゃないですか。

誰にでも分かる様に」

そう言うと「それでいいか」と勝手に納得してくれた様で、・・・そろそろ帰って良いですか?。



見込みより少し遅れて訓練場に到着、ムーシカから素材を卸し早速足回りの部品を拵える。


本来、馬車の大きさに応じて部品をそれぞれ最適化すれば、より高い次元の性能を得られるんだろうが種類が多くなりすぎる事で表面化するデメリットも有る。


同じ寸法の部品で共有、標準化してしまえば融通利くし、つまりはメンテナンス時の面倒なアレコレが少なくなる。



今回の幌馬車は廉価版、速度も堅牢さも以前の物より求めていないから出来る範囲でコストと快適性を優先させよう。


さて、時間も限られるしできる所は進めてしまおう。



場所を移し修繕用の窯が有る鍛冶場の一角をお借りし作業を進める。

トンテンカン、トンテンカン、トンテンカンとスキル任せに槌を振るっているとレイニーさんが寄って来た。


あ、こんにちは。

「こんにちは、インビジブルウルフ卿。

楯の代金は口座に振り込んでおいたから確認しておいてくれよ」



おお、早速ありがとうございます。

「でもあの値段で本当に良かったのか?

たいした材料は使ってないってのは聞いているけどお前の腕への対価でも有るんだぞ」


あの楯、間違いなく本気で拵えた作品ではありますけど、ぶっちゃけ試作検証品みたいな意味合いも有りますから。


「矢避けの付与だっけか?チェルナー姫様の馬車にも付与しているやつ」

そうそう、それです。

装備品では初めて彫った物になりますから後で使い心地教えてください。


アルケロさんの話では無いけど結果人柱になってしまうので。



「お前が良いなら構わないけども。

しかし王家の馬車と同じ付与が施されてるなんて光栄なことだ。

・・・ホントにサンフォーム侯爵の庇護が無ければお前の周りはエライ事なってんだろうな」


ん?なぜにここでデデリさんが出てくる。


「いや、こっちの話だ。

で、いつ頃コルネンに戻るんだ」


もう少ししてから・・・ポックリさんからの話では今から7日後くらいになるかな。


「そうか、なら世話になった人たちに顔は見せていけよ。

特にプサニー伯爵にはいろいろ便宜を図ってもらったそうじゃないか」


ええ、でも財務の仕事手伝ってくれって会う度にグイグイ来るんですよね。(苦笑)


「ははは、それは口実さ。お前との縁を繋ぎ止めるのに必死なんだよ。

プサニー伯爵家は高潔な一族であるが故に敵が多いんだ、仕事柄ってのも有るけどこれは仕方ないとしか言いようがない。

だから少しでも味方が欲しいのさ・・・いや生まれたばかりの息子との縁もある、恩人が敵になって欲しくないってのが本音だろうな」


別に俺は『普通』のお付き合いができればそれで良いのですけどね。


「証、絆が欲しいんだろうよ。息子に『リーズンボイス(巨狼)』と名付ける位だ」



絆ですか・・・。

「お前、今また何か余計な事考えただろう?」


・・・いいえ、別に?


「またしれっとなんか贈ろうとしてなかったか?金で買えないもんを」


金で・・・買えますよ?

新たに作ったりもしません。


「・・・なら何をするつもりか言ってみろ」


視線を外す俺の先に顔を持ってくるレイニーさん。


「・・・」


目力がスゲぇ。

そして視線を外すたびに自分の顔を俺の視界に入れてくる。




もう、しょうがないですねぇ。ちょっとだけですよ。

作業の為に部屋の脇に置いてたいつものバッグをゴソゴソ漁る。


丁度コルネンから持って来てたんですよね、『リーズンボイス(巨狼)』君の出産祝いって事でピッタリじゃないです?

以前、俺が拵えたんですけど結構気に入ってるんですよ。


掌に載せてレイニーさんへ見せます。


「いやいやいや、俺は宝石詳しくないけどその置物の話はソフィー様から聞いた事あるぞ。

・・・ダイヤモンドだろ、ソレ?」



置物にしつらえているからカットの限界が有って控えめだけど、その狼は懐まで吸い込んだ光を一気に外に向け、狙い撃ちした様にレイニーさんの顔を照らしていた。

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