第282話 「我が国で何と言うか知っているか?」
翌朝、約束通りに宰相閣下の執務室にお邪魔している。
まずは城内地下の件でお話を伺っている俺、クルトンです。
既に人払いが済ませてあって、執務室に入るにあたり宰相閣下が直々にドアを開けて俺を迎え入れてくれた。
因みに人払いはしたがポムは獣なので対象外だ。
ちゃんと予定に入れているとこういったところがスムーズだよね。
「だからこれからは先に面会の予約をいれろ・・・いや、撤回する。
お前の場合は時間を置くだけ面倒事が増えていくから何か有れば直ぐにこい」
御意に御座いますです、遠慮はしません。
テーブルを挟んで向かい合って座ると、其処から宰相閣下の話が始まりました。
「城内の地下の件だがな、正直まだお前に話して良いものか判断が割れている。
将来知らせる事には皆賛同しているが、時期が早すぎるのではないかという事だ」
なら聞かなくても構いませんよ。俺の好奇心で皆に負担を掛けるのは本意ではありません。
時期が来るまで話題にしない事、忘れる様にします。
そう言う俺の返事に「ちょっと待て」と宰相閣下。
「いや、ただ、その・・・母上がな、出来るだけ早くお前を巻き込むべきだと言ってきかないのだ。
何か思う所が有る様だが、あの顔の母上が持ってくる話には碌な事が無かったからな・・・しかも後に国益にかなう判断だったものだから文句も言えなんだ」
結構良い様に振り回されてきたんですね、でもそれはそれで楽しかったんでしょう?
「まあな、私たちの成果が正しく評価される事ばかりだったからな。
しかし母上の業績は表に出ることは無かった・・・正当に評価されない事に対して強い憤りを感じたのを覚えているよ」
遠くを見るような目で呟くように話す。
「その母上からの提案だ、お前を巻き込んで後戻りできない様にさせろと。
実質命令に近いな、陛下も頭を抱えている」
今のところ自分ができる事は無さそうですね。
「ああ、しかしこの騒動、お前が”ソレ”を見つけてしまった事が引き金になったのは事実だ。
そう遠くない将来我が国の秘密をお前にも伝えねばならなくなるだろう。
その時は頼むぞ」
はい、出来れば遠慮させて頂きたいです。
真面目な話、それ程重大な事なら俺に打ち明ける内容ではないと思います。
卑下する訳ではありませんが、そもそも自分の行動原理に有る本質は騎士ではなく平民ですよ。
国王陛下が取扱いに迷う様な国の秘密を背負える程、俺は高貴な人間ではありません。
マジで、勘弁して。
「『高貴な人間』とな・・・この国では大きな責任を背負う者、そしてそれを果たした者を指す言葉だ。
故に国王陛下が現神として人の上位、その頂点にいる。
しかし他の者達はどうだ?この基準に照らせば必ずしも爵位の高い者が『高貴な人間』でもないだろう?」
まあ・・・そうですね。
その判断基準も今初めて聞いたのですけど。
「乱暴な話になるが爵位は人が決めた役職の様なものだ。当然責任が伴うからある意味『高貴な人間』に当てはまるのだろうが・・・」
でしょ?
ソフィー様もデデリさんも良く言ってますよ、「力が有るのにそれを示さない者は卑怯者」だって。
少なくともこの国の大半の貴族様達は自分たちの権限(力)をもって責任を果たす為に仕事に邁進していますよ。
この国の為に自らの力を揮う事に対して何の疑問も持たない、俺からしたら狂気に感じる位に。
時に、この世界の人類は種族を守る為に簡単に命を投げ出すんだ。
やはり精霊、兵器として生み出された人工生命体を半身に宿している為だろうか。
「確かに、今までお前が成した事は負った責任を果たす為ではないという事か。
姫様の腕時計も結果加護持ちの命を救う事への切っ掛けだったが『仕事を熟した』だけ・・・と言いたいのかな?」
卵(責任)が先か鶏(成果)が先か、みたいな話ですけど魔獣討伐は自分の身を守るために討伐しただけ、他の仕事は仰る通り仕事を熟しただけです。
宰相閣下が言う『責任』、その先にある(恐らくは)自己犠牲に似た『奉仕の精神』はこれっぽっちも有りません。
「・・・お前は何を言っているのか分かっているのか?」
ええ、言葉の通りの意味ですけど・・・なんか深読みしてます?
「ふう、『奉仕の精神』とな、便利な言葉だな。
しかしそれを意識しなくともお前は大きな成果を出し、結果多くの民を救っている。
過去にも同じことを成した者たちがいるが、彼らを我が国で何と言うか知っているか?」
半笑いで俺に問いかける宰相閣下。
何だか聞きたくない。
「そう言うな(笑)、少なくともこの国では誰でも知っている事だ」
宰相閣下が一呼吸の後に更に続ける。
「『来訪者』、古代には『異界の旅人』と言われていた。
この世界の恩人達だ」
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凡そ1万年と少し前、あらゆる理由で限界を迎えた世界、その崩壊真っ只中に突然現れた異界の旅人。
『来訪者』
彼らの『力』は古代人が操る理の力も、世界の物理法則の制限も受けない事から、常に物理法則の上限域の力を発揮し暴れまわる大災害達に立ち向かう唯一の力であり希望だった。
そして彼らの目的は大災害の討伐に始まり、人類の保護、為政者を育成しての建国、技能やギフトに始まり新たな文明を授け種族を延命させる事、世界に順応した新種族の創造・・・等々様々だったそうだが、たった一つ彼らが共通して使っていた『目的の達成』に相当する言葉が有ったそうだ。
「クエス・ト・ノクリア」
嘘だろう・・・ひねりも何も無え。
ここは来訪者にとっての『箱庭』、遊技場(ゲーム)の舞台なのか?
もしかしたら去ってしまったと言われる神も箱庭のシステムの一部だったのだろうか。
又は偶然交わってしまった並行世界、彼らにとってのバカンス先、保養施設みたいなもの?
しかし前世と比べても実在する事に全く違和感のないこの現実世界を、今まさに直接感じる事で頭に浮かんだ突飛な考えがバカバカしく思えてしまう。
考えても詮無き事。
何れにせよ俺はここで精一杯生きていくしかないんだ、大事な家族もいるんだから。
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