第278話 「大人になれないものかしら」

今日も今日とて辻ヒーラーとして王都を練り歩く俺、クルトンです。


今は俺の認識阻害の影響を受け、隣に付いて来るポムも誰からも認知されていない状況。

相変わらず都合の良いスキルだよな。



午前中、今回は治癒魔法協会脇の診療所内含むその周辺で慈善事業の辻ヒーラー活動しています。

この活動は一応今回で終了予定、やりすぎると関係ない自営業の薬師の方達への悪影響の方が顕著に出かねない事に気付いたから。



まずは認識阻害の恩恵を受け診療所内に入り、患者一人一人の肩へ手を置き治療をしていきます。



1人だけ大怪我した男の子が居たので贔屓して全快させた為時間が掛かったが、それ以外は1人当たりの時間は2~5秒ほどで終了する。



協会診療所の営業を開始してから1時間位の間だけだが、入口に陣取った俺は取りあえず患者さんが来訪して来たら受付するまでに片っ端から治療していったので、その間は診察まで至る人は極僅かだった。


一仕事終えて診療所を出ると昨日に引き続き王都を辻ヒールしながら散策する。

最初は目についた人から無作為にヒールをかましていたが職業柄仕方ないのだろうか、都市間を移動する事が多い行商人とその護衛、都市の秩序を維持する為の組織である兵士さん達が結構な割合で持病を持っていたり怪我しているのが確認できた。


それからはそういった人たちと子供を中心にヒールを掛けていき午前中が終了する。




医療関連の業界に限った事では無いが、色々な利権、各々の立場を飲み込んだうえでの今が有るんだろう。

今回の辻ヒールは騒動になったとしても一過性のものに留める様に2日間で終了、後は向こうの動きを見る。


俺に対しての嫌がらせがエスカレートしてくるのか鎮静化に向かうのか、治癒魔法協会内に穏健派、ないしは王族派が存在すれば鎮静化に向かうとは思うんだが・・・組織の自浄作用が働くか否か正直俺には予測がつかない。


暫くは様子見に徹しよう。



王城に帰り昼食の為に食堂に行き配膳コーナーで今日のお昼を受け取っていると配膳のおばちゃんから声を掛けられる。


「親方から話が有るって、この後時間ある?」

ああ、保冷蔵の事だろう。


「大丈夫ですよ」と答え昼食を済ませると、混雑も引いた頃合で奥から親方が出てきました。


手に持った二つのカップのうち一つを俺に渡すと・・・ワインですね・・・「早速本題だが・・・」と話し始めます。


コホンと改めて喉の状態を確認したかと思うと背筋を伸ばし、改まった口調で

「インビジブルウルフ卿からの保冷蔵の申し出の件、有難く受けたいと思います。

ぜひ、本食堂保冷蔵の改修宜しくお願い致します」

そう軽く目を伏せながら保冷蔵の件を依頼してきました。


承知しましたと俺から返事をすると「ふう」と言いながら肩の力を抜いていつも通りの口調で話し始める。


「有難う、本当に助かるよ。大きな声じゃあ言えないがアンタの提案聞いた後に上の方から同じ営業時間で今以上の配膳数を確保する様にって話が有ったんだ、具体的な数字を提示されて。

5年以内に1.5倍目標にしろってよ」


人員の増強もするそうだがスペース、規模も増やすみたい。

その為、食事時間の回転率を上げる為に配膳までのスピード、料理にかかる時間や食器洗い、食堂の清掃など諸々の業務の効率化を今の内進める様にと求められているそうだ。


へえー大変だな、1.5倍か。

これだけ聞くと無茶な感じがするけど実際1.5倍は目標で達成できなくても給料の査定に響くことは無いらしい、表向きは。

やり様はありそう、王城の食堂だから特別な事無ければ配膳数量はほゞ毎日一定だろうから目標の1.5倍ってのは体感しやすい。


前世と違い皿洗いも含め全部人が直接作業してるからな。

食器洗い乾燥機なんか設置するだけで人員のリソースを別の仕事に回せそうだし。

まあ、そんな設備未だ発明されてないんだけどね。


でも配膳数を増やすなんて事であれば食材の調達先にも何かしら要求してるんでしょうね・・・何気に大事なんじゃね?食材の供給間に合わなければこの件そもそも無理な話しだし。


いつも食堂を利用する騎士団とか役所の増員でも予定してるんだろうか。


「その辺は俺も良く分からねえ、まあ俺らは言われた事を忠実にこなせる様に努力するだけだ。

余計な事に首ツッコむと仕事が増えるからな」



もっともな事で御座います。



その後、保冷蔵の改修依頼書はまず正式に見積もり依頼を出してからになるとの事でそれを受け取った後に動く事とした。

材料の目途はつけてあるから時間は見通せるだろう。



食堂内での諸々の用事を済ませソフィー様の所に向かう。

一応今日の午前中の事を報告する為だ。


広報部の受付に用件を伝え取り次いでもらうと執務室に通されいつものお茶を出される。

軽く挨拶した後に状況を報告するとソフィー様から現状を教えてもらった。


「”辻ヒール”でしたか?

昨日の晩時点でですけど協会は直ぐに貴方の仕業だと当たりを付けたそうよ。その意図に気付いた者もそれなりに居た様ね」


「その辺の現状分析はとても優秀なのよねぇ」と一言呟いた後に更に続きます。


「とにかく内部では一部の人間が忙しく動き回っているみたい、それが自制の為か報復の為かは立場によってさまざまらしいけど・・・協会が間違った選択肢を選ばない事を祈るだけだわ」


今のところ待つしかありませんね。

相手の出方次第でしょう。


「今日の貴方の働きで更にどうなるか・・・。

はあ、正直に言うとできる事なら私はあの協会と関わり合いたくはないのです。

狂人と話している感覚になる事がしばしばあるのです、単純に疲れるのですよ」


ん、なぜに?


「なんと言えばいいのでしょうねぇ、あの組織の上層部は責任の所在を決めたがらない・・・曖昧に事を進めるのです。

例えば、何か問題が発生したらその決定を下した『組織(委員会)』の責任、ならば責任を取って組織を解体しよう・・・と。

クルトン、これはおかしくありませんか?

個人に責任を押し付けるのもどうかと思いますが、責任を取るリーダー、指導者がいなければ当事者皆が他責思考となって組織が機能不全に陥りますよ。

我が国が1万年の歴史を積み上げる事が出来たのも、最終的には国王陛下が全責任を負い、その責任のもと民の為に身を捧げてきたからです」


「だからこそ国民、貴族、騎士団、軍も一丸となって国王陛下を支えてきたというのに・・・」


この国ではその当たり前の思考、ロジックを治癒魔法協会が持ち得ていないという事ですか?


本当にこの国の人達なのか?そいつら。



「そうね、長年見てきた私の”感想”ですけど、彼らは自分が選ばれた人間だと勘違いしているのね。

希少な治癒魔法師だから勘違いするのも分からないでもありませんが、もう少し大人になれないものかしら。

それに私も公爵の立場として『公式に』何度か苦言を呈した事は有るのですよ?

でも彼らには一向に響かないのです、自分の問題と思っていないのね。

はぁ・・・賢いと思い込んでいる人間にありがちな事よ、彼らは自身の身を切る事からは”全力”で逃げるし、それを正当化する為に”全力”を尽くすのですから。

救いを求める患者に全力を注げば良いものを」



けど、それでも組織が破綻しないという事は、そう言った人たちは極少数だからなのではないでしょうか。


「その『極少数』が上層部に居る事が問題なのですよ。

旧元老院と違うのは部下がいて、その部下達が間違いなく優秀である事です。

外部組織の私から見ても、上層部の尻拭いをさせられる部下達が不憫で成りません」



はい、そうですね。

俺も異論はございません。


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